今月のピースあいち◆来館者アンケートから
5月はピースあいちのお誕生月です。19歳になりました。また、5月14日は「なごや平和の日」です(2024年名古屋市が制定)。新緑がまぶしい!季節なのに、すでになんと30度を超える夏日もやってきました。夏に向けての企画展やイベントの準備も始まっています。
平和について考える上で、SNSなどにあふれるいい加減な情報ではなく、生の情報を能動的に得たいと思い来館しました。当時の新聞や遺物をみることで、戦争についてよりリアルに感じることができ、有意義でした。(39歳)
戦争でいちばん悲惨な目にあうのは一般市民。その目線での展示が戦争の悲惨さを訴えていてよく理解できました。沖縄の戦跡を昨年巡ってきたばかりで、首里城下の32軍司令部の壕の展示も興味深く見ることができました。(61歳)
映画「太陽(ティダ)の運命」は、映画館で上映中に見損ねたので、あきらめていたが今回ピースあいちで見ることができた。必ずみなければいけない映画だった。序盤から涙が流れた。何度も繰り返してみたい。2人の知事の強靭な強さと優しさを私たち一人一人が決して忘れず、歩むべきだと思った。(55歳)
2人の知事が対峙してみせた連綿と続く沖縄の深い苦しみに言葉がない。あまりにも人道にそむく根源は、やはり改めて米国従属の日本の政治にあることを思った。(75歳)
世界各地で戦争がおきている。戦地の人々の苦しみ、兵士たちの苦しみは、彼らだけのものではありません。わたしたちは、世界のすべての出来事とつながっています。このピースあいちは、若い人、こども、そしてもっとも無関心な大人たちに、平和の大切さを呼びかける大切な「場」だと思います。(70歳)
沖縄に行き、観光地のイメージだけではないことを実感してきたいと思います。(72歳)
想像できる範囲をこえる悲惨につらかったです。
戦争は決して風化させてはならないと思いました。沖縄展の展示ではとてもていねいに説明していただき、勉強になりましたし、頭によく入りました。(61歳)
戦争の悲惨さをよく感じることができました。二度とあやまちを犯さないよう末永く伝え続けていただきたいと考えます。運営に敬意を表します。(61歳)
熱田空襲のことは高校時代から知っていました。今回、小学校にまで空襲の被害があったことをはじめて知りました。やはり軍需工場があるところは敵からねらわれ、被害にあうということをあらためて感じました。軍事で平和にはなりません。今の政治に危機感を感じます。(70歳)
自分は沢上中・熱田高校を出ていて、父も特に熱田空襲については特別の感慨を持っていたので、今日はとても勉強になりました。(63歳)
近隣にこのような施設があると最近知った。世界や日本についての戦争に加えて、愛知県の戦争についても知ることができて勉強になった。展示品をまじかで見ることができ、他の施設よりも戦争を実感できてよかった。(21歳)
貴重な熱田空襲の記録を展示賜り、誠に有難うございます。詳細かつ分かりやすい掲示に、その準備にかかる労力を想像し、スタッフのみなさんに敬意を表します。86~99歳の体験者の方々のお言葉はいずれも重く、辛い体験をされたことがヒシヒシと伝わります。かくも戦争は残酷で非人道的な行いであることを改めて痛感いたします。昨今の政局は戦前に戻るがごとく為政者の言動にマユをひそめる一人です。全国津々浦々に反戦デモが起こっていることは、国民の当然の叫びであり、為政者には今回の貴展示と共に、強く訴えていくべきと再認識しました。あらためて感謝申し上げます。(74歳)
熱田に住んでおり、小さい頃熱田プールによく行きました。その裏には大きな空地があり、後にその場所が公園と団地になりそこに住むようになりました。職場のお客様のおばあちゃんにそのことを話すと「昔バクダンが落とされて2000人が死んだ所だ。わしゃそんな所によう住まん」と今でも言われます。自分の今住んでいるところで起きた出来事を知れてよかったです。このことを風化させてはいけません。私のお客さんにもこの展示をPRしておきました。
3回目か4回目の訪問になると思いますが、来るたびに新しい発見があります。企画展も、アメリカの資料館の写真などもあって、見ごたえがありました。(44歳)
母が熱田空襲を身近に体験しており、母と一緒に来館しました。以前から聞いていた空襲のはなしの通りだと再認識しました。母は辛さが思い出され、見学をしながらお経を唱え、最後の方は苦しかったようです。(65歳)
ピースあいちのメッセージ「希望を編み合わせる」に心から共感しました。今、これまでにない日本が戦争する国になる危機の中、ややもすると絶望感におそわれますが、どんなときであれ「平和への希望を編み合わせる」思いで一歩でも前へ平和に向かって進みたいです。(69歳)