ピースあいちを見学して
星城中学校 教諭  近藤 英章

                                           



 2月3日(火)、生徒の校外探究活動の一環としてピースあいちを訪問しました。私は大学受験の際、社会科で日本史を選択しましたが、理系大学を志望していたため、日本史は専門ではなく、入学のためだけに勉強していました。昭和6年の満州事変やリットン調査団などの一連の流れは理解していたつもりでしたが、当時は自分から遠い世界の出来事のように感じていました。

 しかし、今回ピースあいちを訪れて、展示されている様々な資料を目にし、感じ方が大きく変わりました。それは遠い世界の話ではなく、そこには実際に人々が存在し、その一人ひとりに家族がいたのだと実感しました。召集令状の展示には両親の名前や生年月日が記されており、昭和2年生まれの方が昭和20年に亡くなったとすれば、わずか18歳です。本来なら青春を謳歌する時期に、国のために戦争へ駆り出され、命を落としたのだと思うと、改めて平和のありがたさを痛感しました。

 他にも、焼夷弾の蓋の一部を実際に持ってみると、見た目以上に重く感じました。蓋の一部だけでもこれほどの重さがあるなら、本物の焼夷弾はどれほど重かったのかと想像しました。しかも、それが爆発するのですから、空襲の際に大量に落とされたら逃げ場がなくなってしまうと思います。戦時中の政府が作成したパンフレットには「疎開するな」「バケツリレーで火を消せ」といった内容が記載されていたことを思い出しました。さらに、焼夷弾が落ちた際にはスコップで外に掻き出せばよいという漫画も掲載されていました。当時の政府は焼夷弾を、あたかも燃えた石炭が落ちてくる程度のものだと国民に伝えていたようです。今回の展示を通じて、空襲の恐ろしさを改めて実感しました。

 最も印象に残ったのは、弟を背負った子どもの写真です。その子は両親を亡くし、弟を火葬するために順番を待っていました。周囲の人々も不憫に思い、おんぶ紐を解くのを手伝ってくれたという話を聞き、戦争の悲惨さと人々の思いやりを感じました。

 今回のピースあいち訪問を通じて、こうした悲惨な状況があったことを改めて認識しました。現代でも戦争は続いています。戦力を放棄すればよいのか、しかしロシアのウクライナ侵攻は、ロシアがブダペスト覚書を破棄して行われたと聞いています。では、防衛力を高めて核を配備すべきなのか。しかし、核の制御が失われれば、放射線によって世界が破滅の道を進む未来も考えられます。今後も戦争について意識し、様々な情報を収集し、人に左右されるのではなく、自分自身で考えられるようにしていきたいと思います。