「戦跡めぐりとピースあいち見学」 生協労連パート部総会分科会報告 コープあいち労働組合 野々山大輔
10月5-6日に生協労連のパート部総会が名古屋で開催され、分科会として「戦跡めぐりとピースあいち見学」が行われました。愛知県も戦争で多大な空襲に襲われましたが、爆弾の投下量としては47都道府県で東京に次ぐ量だといわれています。
今回は、千種区の戦跡と名東区のピースあいち見学をし、平和の大切さを学ぶことを目的としています。

分科会の参加者は25人。宿泊場所の金山からマイクロバスへ移動。千種公園から出発しました。今回の戦跡ガイド役は地元にお住いのNさんにお願いしました。
千種公園や東市民病院などがある場所は、『名古屋陸軍兵器補給廠(ほきゅうしょう)』『名古屋陸軍造兵廠』がありました。ここで戦時中は5万人が昼夜交代で陸軍の小銃・機関銃を生産していました。何度か空襲をうけて、74人が犠牲になったと記録されています。千種公園の一角には、当時の爆撃の痕跡を残す外壁を一部移設しています。
『ここに涙あり されど平和は永遠に』と刻まれた記念碑もあります。千種公園はユリ園として知られています。ここも爆弾の投下の跡地です。
千種公園を北へ。市邨学園高校・愛工大名電高校など教育施設が建ち並んでいます。当時の学生は、陸軍の兵器をつくるために学徒動員されていました。
市邨学園高校の敷地に大きなクスノキがあります。当時の空襲で焼け野原のなか、唯一残りました。爆撃で破壊された時の救出活動の際は、この一本だけのクスノキを目印にしたそうです。
出来町通から一本南の筋に陸軍兵器補給廠(ほきゅうしょう)の塀が残っています。現在は白くきれいに塗られています。私はここをよく通っていますが、陸軍の建物だと指摘されるまで気づきませんでした。
出来町通の北側にある三菱の建物へ。この辺りは三菱重工業名古屋発動機製作所大幸工場がありました。今では三菱の研修所となっています。この敷地内に空襲で犠牲となられた方々の「殉職碑」があります。
航空機エンジンの生産では、名古屋で全国の40~50%を占めていました。この大幸工場も拠点でした。この地で作られたエンジンや爆弾は、中国やアジアの人々に多くの犠牲をもたらしています。三菱の「殉職碑」にはそこまでの記述はありませんが、「加害」を生み出した場所であります。

戦跡めぐりの参加者を次に案内したのはナゴヤドームです。総合案内所に『平和への礎となられた人々を忘れません』というプレートが掲げられています。なかなか格調の高い文章です。ナゴヤドームに問い合わせましたが、このプレートが設置された経過などはよくわからないとのことでした。私は中日ドラゴンズの熱烈なファンというわけではありません。ですが、ナゴヤドームのこのプレートはぜひ多くの方に知ってほしいです。

最後は「戦争と平和の資料館 ピースあいち」です。名古屋市名東区に2007年5月にできました。特徴的なのは、運営がNPO法人である市民による点です。常駐職員は1人で、あとはボランティアによる運営です。多くの戦争にかかわる資料館は行政の建物が多いのですが、「ピースあいち」は会員の会費や寄付で運営されています。
建設にあたっては、平和を強く願う市民の方によって土地と多大な浄財をうけ、設立することができました。1Fには現代の戦争と平和の流れをわかりやく展示しています。2Fには愛知県下の空襲・戦争の全体像・戦時下の暮らしについて展示がされています。
さて、今回「ピースあいち」でガイドをお願いした方が、なんと私の高校の部活顧問のN先生でした。N先生が私に声をかけてくださり、20年ぶりぐらいの再会です。思わぬ出会いに驚きましたし、このような形での再会はうれしいものです。
あらためて、この千種区名東区は、被害加害の歴史だけでなく平和の大切さを発信している地域なのだと見直しました。今回ガイドをしていただいたNさん、休館日にもかかわらず、私たちのために開館してくださった「ピースあいち」のスタッフのみなさまに感謝いたします。
<参加者の感想から>
●2つのことに感動し驚きました。1つは千種区を中心に解説していただいた中、爆弾の強力さを身体で感じられたこと。三菱の地所には会社側の言葉しか感じられなかった。でもドームのプレートの言葉に救われました。2つめ、「ピースあいち」では、東山動物園の「ぞうれっしゃがやってきた」の60周年写真が展示され、その中に私が写っていたこと。強制連行された中国人の写真で彼に会えたこと。この2つは他では目にしたことがありません。
●名古屋で戦跡というのが結びつかなかったのですが、三菱重工という大きな軍事工場があったため、たくさんの方が犠牲になりました。各地の平和学習に参加していますが、日本全国に戦争の爪痕があります。今、憲法改正が言われていますが、戦争は絶対、二度としてはいけないと強く思いました。名古屋ドームにあった銘板「平和への礎となられた人々を忘れません」と記された文章が強く印象に残りました。先人の犠牲のもとに今の平和があります。
●愛知が空襲で、東京に次ぐ多くの爆弾が落とされたこと、軍に関わる三菱の工場がたくさんあったことから狙われていたということ等、新たに知ることができました。「ピースあいち」はコンパクトに資料がたくさん展示してあり、内容の濃いところでした。ボランティアと寄付金が頼りとのことでしたが、とても見ごたえのある資料館で、学習スペース、催しものもできるし、平和の学習には最適な場所だと思います。ナゴヤドームにも平和を祈るプレートが何気なく掲げられていた。が、見落としてしまう。過去にこんな歴史があったということをずっと忘れずにいたい。
●愛知は戦時中は重要な場所であるが故に数多くの爆撃を受け、被爆し、この地でも多くの人々が命をなくしていたことを知った。最後に訪れた「ピースあいち」は当時の遺品や資料が多くとても貴重な場所で色々な話が聞けて良かった。
●戦跡めぐりの後に「ピースあいち」で説明を受け、名古屋での空襲の実像をより深く学ぶことができました。「ピースあいち」ではいろんな角度からの戦争についての資料があり、大変勉強になりました。後世に伝えていくこと、戦争や核のない世の中を目指し動いていくことの重要性を感じました。スケジュール、内容とても良い具合に組んでいただき良い分科会でした。