常設展から 中国民衆の死ー虐殺
ボランティア 桑原勝美
虐殺とは攻撃・抵抗態勢にない人間を惨たらしい手段で殺すことである。第二次世界大戦中、アウシュビッツ絶滅収容所などにおける大惨殺を除いても、欧州戦線ではポーランド軍将校ら2万余人がカチンの森で惨殺された事件、アジア戦線では中国兵・市民20余万人が南京で惨殺された事件(南京事件=南京アトロシティーズ)などが挙げられる。

南京
では南京事件とは何か。一つは中国兵捕虜の集団虐殺である。満州事変以来、日本軍の中国における行動には、人間の尊厳や人命尊重とはかけ離れた、対中国蔑視観があった。
日本軍が戦闘後に捕えた中国兵を国際法上の捕虜としては取り扱わず、厄介者集団として組織的に殺害したのである。包囲殲滅戦となった南京では、大部分の中国兵は戦意をなくして敗走し、その多くは投降兵・敗残兵・便衣兵(普段衣を着た兵士)捕虜として捕えられ殺害されたが、捕虜として収容する前の戦闘中でも、武器を捨て抵抗の意志のない者をその場で殺すことは、人道に反する行為と言わねばならない。写真は中国戦線に従軍した村瀬守保氏撮影による「南京陥落10日ほど後、長江河岸に流れ着いた中国兵らの死体」。
もう一つは一般市民の殺害である。捕虜の殺害以上に不法な虐殺と言うべきは非戦闘員の一般市民の殺害である。彼らは戦闘の巻き添えではなく、日本軍将兵の意識的な行為によって犠牲になった。上海派遣軍は上海での激戦で多くの損害を出していたため、中国蔑視観に加えて中国人への敵愾心が強く、一層の非行があったと言われる。食糧は全て徴発と称した略奪によったこと、徴発などの途中で女性を見つけて強姦したこと、徴発に出かけた日本軍兵士が殺された報復として部落全体を焼き払い、老人・子どもを含む市民を皆殺しにしたことなどの残虐行為について、日本人、中国人双方の多くの証言がある。
南京事件は、軍隊が平凡で優しい人間を異常な殺人鬼に変えてしまう一例である。
参考
早乙女勝元編『南京からの手紙ー日本は中国でなにをしたかⅠ』草の根出版会(1989).
笠原十九司『南京事件』岩波新書(1997).
藤原 彰『新版南京大虐殺』岩波ブックレット