ふと目にした中日新聞の「発言」欄から    ピースあいち調査研究会会員 林  收



 その「発言」は今年3月下旬に見かけ、タイトルは「公益優先の改憲草案は危険」というものでした。投稿者(50代の女性)の発言の詳細は省略しますが、自民党の改憲草案を批判する日本弁護士連合会の態度に共鳴するものでした。
 私が目に止めたのは最後の段落で自民党の改憲草案に「家族は互いに助け合わなければならない」という一文が加えられたことに対して投稿者の娘さん(20代)が反応した「そんなことを憲法でうたったら、世界中の人にばかにされるんじゃないの」という言葉が耳に残っていると締めくくっているところでした。


ベアテ

ベアテ・シロタ・ゴードンさん

 昨年12月30日、89歳で死去されたベアテ・シロタ・ゴードンさんがGHQ(第2次世界大戦後の連合国軍総司令部)の一員として日本国憲法の草案作成に携わったことはよく知られています。
 彼女は、父でバイオリニストのレオ・シロタさんが東京音楽学校の教授に就任したことをきっかけに1929年に来日しました。幼少期を日本で過ごし、日米開戦前に帰国した彼女は、終戦後にGHQ職員として採用され、再び来日することとなりました。当時22歳の若さでしたが、GHQでは人権小委員会に所属して日本国憲法の草案作成にかかわりました。
 彼女らが起案した内容が日本国憲法14条(法の下の平等)、24条(婚姻における両性の平等)につながったとみられています。

 24条は、戦前の戸主と家族との関係、例えば配偶者の選択に戸主の同意が必要、財産が家に隷属して戸主が専有する家督相続制度、家を基本単位とする戸籍制度により女戸主である妻の家に夫が入る入夫婚姻制度などを廃止するため設けられた画期的なもので、条文は次のとおりです。

 

『第24条① 婚姻は、両性の合意のみに基いて成立し、夫婦が同等の権利を有することを基本として、相互の協力により、維持されなければならない。
② 配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項に関しては、法律は、個人の尊厳と両性の本質的平等に立脚して、制定されなければならない。』

平塚

俳句を愛し、平和を願った女性解放運動の先駆者 
平塚らいてうさん

 回想をめぐらせれば、占領政策のもとゴードンさんの見識によりこの憲法条項が盛り込まれたとはいえ、大正期に芽生えた女性解放運動に生涯をささげた平塚らいてう(らいちょう)さんら日本の先駆者たちの歴史と力も見過ごせません。

 

 ところが、2012年の自民党の憲法改正草案では、この第1項の「両性の合意のみに基いて」から「のみ」を削除し、第2項では「配偶者の選択、財産権、相続、住居の選定、離婚並びに婚姻及び家族に関するその他の事項」とある語順の筆頭に「家族、扶養」をもってくるなど改め、それぞれ2項、3項へ項順を繰り下げたうえ、新たに1項として「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位として、尊重される。家族は、互いに助け合わなければならない。」を設けています。これが先の新聞投書に指摘されている部分です。
 「のみ」を削除した意図と新設の項を第1項として優先させているところが問題です。2012年の自民党の憲法改正草案のQ&Aでは、家族に関する規定の参考として、世界人権宣言16条3項「家族は、社会の自然かつ基礎的な単位であり、・・・」を引き合いに出していますが、この世界人権宣言16条2項に規定されている「婚姻は、両当事者の自由かつ完全な合意によってのみ成立する。」の存在は伏せています。
 「家族」を「婚姻」の上位に置く考え方は、改正草案の第13条においても「すべて国民は、個人として尊重される」から「全て国民は、人として尊重される」に改めていることに見られるように、「個人」を集団概念の「人」に置き換えることにも関連する共通性を感じます。
 ちなみに、2005年自民党改正草案では現行24条に手を加えておりません。このことは、ここ数年の間に「24条」の精神が後退する動きが出てきたことを示すものです。

 

 ひるがえって冒頭の娘さんの「世界中からばかにされる」という言葉を掘り下げてみると、憲法レベル以前の道徳観をわざわざ憲法でうたうことの愚劣さを指すのか、今ごろになって戦前の家制度への回帰を目指すという復古性を指すのかについては、私自身大いに考えさせられるので、以下に各国憲法における同種の条文を掲げて問題提起とします。   (2013.4.15)

 

☆ドイツ連邦共和国憲法(石川健治訳)
「第6条 ①婚姻及び家族は、国家的秩序により特別な保護を受ける。②~⑤略」
☆大韓民国憲法(国分典子訳)
「第36条 ①婚姻および家族生活は、個人の尊厳および両性の平等を基礎として成立し、維持されなければならず、国家は、これを保障する。②~③略」
☆スイス連邦憲法(山岡規雄訳)
「第8条第3項 男性及び女性は、同権である。法律は、その法的平等及び事実上の平等、特に家族、教育及び労働における平等に配慮する。男性及び女性は、同一の価値を有する労働に対して同一の賃金を要求する権利を有する。第1~2項、第4項略」及び「第14条 婚姻及び家族の権利は、保障される。」
☆ロシア連邦憲法(渋谷謙次郎訳)
「第19条第3項 男性と女性は同等な権利と自由を有し、その行使において同等な可能性を有する。第1~2項略」
☆中華人民共和国憲法(高見澤磨訳)
「第48条 ①中華人民共和国の女性は、政治、経済、文化、社会及び家庭の生活等の各方面において、男性と平等の権利を享有する。②国家は、女性の権利及び利益を保護し、男女同一労働同一報酬を実行し、女性幹部を養成し、及び、選抜する。」、「第49条 ①婚姻、家庭、母親及び児童は、国家の保護を受ける。②~④略」
☆イタリア共和国憲法(阿部照哉訳)
「第29条 ①共和国は、婚姻に基づく自然共同体としての家族の権利を認める。②婚姻は家族の一体性を保障するために法律で定める制限の下に、配偶者相互の倫理的および法的平等に基づき、規律される。」
☆カナダ憲法(1982年憲法)(佐々木雅寿訳)
「第28条 この憲章のいかなる規定にかかわらず、この憲章が保障する権利および自由は、男女に平等に保障される。」
☆ベルギー国憲法(武居一正訳)
「第16条 ②民事上の婚姻は、必要ある場合に法律により設けられる例外を除き、つねに教会による結婚の承認に先立つものでなければならない。①略」
☆ポーランド人民共和国憲法(稲子恒夫訳)
「第66 ①ポーランド人民共和国において婦人は、国家的、政治的、経済的、社会的および文化的な生活のすべての分野で、男子と平等の権利をもつ。②略」、「67条 ①結婚と家族は、ポーランド人民共和国の配慮と保護をうける。国家は、子供の多い家族に対し特別の配慮をする。②略」
 ☆アメリカ合衆国憲法(土井真一訳)及びフランス共和国憲法(1958年憲法)(高橋和之訳)では同種の規定は見られません。

 

 参考文献
  [新版]世界憲法集第2版(岩波文庫2012年刊)
  世界憲法集(岩波文庫1960年刊)
  世界の憲法集(株式会社有信堂高文社1991年刊)
  解説世界憲法集第3版(三省堂1994年刊)