日本軍が中国でまいた伝単(その2)―「戦争に関する資料館調査会」史料より
愛知県立大学名誉教授 倉橋 正直
伝単34種類をPDFでご覧いただけます。
http://www.peace-aichi.com/41-4_dentan.pdf
伝単とは、戦争の時、宣伝のため、飛行機から大量に散布されたビラのことである(もともとは中国語)。
太平洋戦争末期、アメリカ軍のB29からも、多くのビラが投下された。日中戦争でも、日本軍が多くのビラを投下したことはわかっているが、そのビラ=伝単の実物は、これまでほとんど発見されてこなかった。ところが、名古屋市にいた出口晴二氏が100枚もの伝単を収集し、保存していた。
すべて一冊のスクラップブックにのり付けされている。伝単は全部で約100枚ある。スクラップブックの台紙には、頁を打っていない。1頁に1枚、あるいは2枚の伝単が貼り付けてある。伝単のたてと横の長さはそろっていない。おおよそを示せば、よこ長の場合、13×19センチぐらいである。伝単には、すべて鉛筆で番号がつけられている。これを○○号と示す。伝単が1頁に2枚、貼り付けてある場合、下に来るほうが、番号は若い。1頁に2枚、伝単が貼ってある場合だけ、何頁の下、あるいは上と示した。1枚しか貼ってない場合は、頁数だけを記した。
また、伝単の多くは多色刷である。それゆえ、多色刷の伝単の場合は、何も記さなかった。少数であるが、白黒のものがある。こちらだけ、白黒刷と示した。伝単の多くはよこ長である。したがって、よこ長の場合は、何も記さなかった。たて長の伝単だけ、たて長と表記した。
前号では41号まで紹介した。今回は42号から75号まで紹介する。
伝単の簡単な紹介

42号
【42号】 30頁の下
43号
「蒋介石之孤独」、「民衆皆防共親日」、「容共只是我一個人」、「我也想退手呵」
【訳】「「蒋介石の孤独」、「民衆はみな防共親日」、「容共は私一人だけだ。」、「私も退こうか。」
⇒⇒民衆は防共親日で、日本側につく。容共は私一人だけですよとスターリンに言い寄るが、肝心のスターリンもそっぽを向く。蒋介石の孤独が深まる。
【43号】 30頁の上
44号
「蒋介石無疑地要墜落地獄之所了」、「冥国地獄」、「防共親日団体」、「日軍進撃」
【訳】「蒋介石はきっと地獄に落ちるにちがいない。」、「冥土地獄」、「防共親日の団体」、「日本軍の進撃」
⇒⇒蒋介石は地獄の恐ろしい炎の上で、かろうじて綱にぶら下がっている。その綱を「防共親日の団体」と「日本軍の進撃」の大きなハサミが、今まさに切ろうとしている。
【44号】 31頁の下
45号
「老蒋倒了。民衆安心!」
【訳】「蒋介石がやられた。民衆は安心した。」
⇒⇒日本軍の飛行機の空襲を受け、蒋介石はやられる。日の丸を持った中国人の農民たちは平和に暮らしている。
【45号】 31頁の上
46号
「快起来、解除武装回郷吧。汝們的父母妻子、等候得很呀。若再抗戦、只有死於無辜罷了。」
【訳】「早く、武装を解除して、郷里に帰りなさい。あなたがたの父母や妻子が待ちこがれている。もし再び抗戦すれば、むだに死ぬだけだ。」
⇒⇒郷里の妻子や母親が、兵士に対して武器を捨てて、帰って来いと呼びかけている。
【46号】 32頁の下
47号
「打倒万民之敵的蒋介石、向着五色旗之下進行」
【訳】「万民の敵である蒋介石を打倒し、五色旗のもとに向かって前進せよ。
⇒⇒青龍刀の上に切られたばかりの蒋介石の生首がヒモで縛り付けられている。それを多くの中国人が五色旗(カイライ政権の国旗)を翻して、運んでいる。
【47号】 32頁の上
48号
「日本軍傘下的平和楽土、金銀珠玉之福」、「蒋政権傘下的深冤苦地、槍火炮弾之災」
【訳】「日本軍の傘下の平和な楽園、金銀珠玉の幸せ」、「蒋介石政権の傘下の苦しみ、銃火・砲弾のわざわい」
⇒⇒左右に分かれる。右は日本軍の傘の下で、日本軍兵士と中国人児童がくつろいでいる。左は蒋介石とその夫人が日本軍の空襲を受けている。
【48号】 33頁 白黒
49号
「危極了、快来罷。日本大軍現已包囲了太原。抗日醜類、不能不殲滅。親日諸位、必定愛護救済。太原巨都燬滅。太原巨都繁栄。你們生命財産全滅。你們多享安楽幸福。全都在乎你們的心思如何。不如快来信服日軍多蒙其恵恩」
【訳】「切羽詰っている。急げ。日本の大軍が現在、すでに太原を包囲した。抗日の悪党たちは殲滅されざるをえない。親日のみなさんは、まちがいなく保護され、救済されるであろう。太原のまちがすっかり破壊されるか。あるいは太原のまちが繁栄するか。あなたがたの生命財産が全滅するか、それとも、あなた方が安楽で幸福に過ごせるのか。すべてはあなたがたの心がけ如何で決まる。早く日本軍を信頼し、その恩恵を蒙るにこしたことはない。」
⇒⇒太原は山西省の省都。太原が日本軍の攻撃を受ける。その際に日本軍が太原市在住の住民に配布した伝単であろう。抵抗せずに、早く日本軍に投降せよと呼びかけている。
【49号】 34頁
50号
伝単の右側に、「昭和拾四年 南支」という書き込みがある。
「有日軍駐屯的地方、都是楽可以安居啦。明哲的諸父老諸兄弟諸姉妹啊。勿受赤党的愚弄。火快脱离赤党的魔手、走来楽土安居楽業吧」
【訳】「日本軍が駐屯している所は、みんな気楽にのんびり暮らせる。聡明な父老・兄弟姉妹の皆さん。共産党(赤党)に愚弄されないでください。すみやかに共産党の魔手から逃れ、楽土(日本軍占領地)にやってきて、安心して暮らしてください。」
⇒⇒中国の地図が描かれている。オレンジ色の部分は「楽土」、黒色の部分は「赤魔地獄」と説明されている。中国の東部は全部、占領された。大きな都市にはみんな日の丸が立っている。中国人が「赤魔地獄」から、「楽土」へ逃げてくるように勧めている。
【50号】 35頁
日本軍の飛行機が伝単をばらまく。伝単に書かれた標語を示す。
「日中満提携 万々歳」、「同胞快醒、勿受赤魔的愚弄」、「脱去武装、快附新政権」、「日華親善」、「日中如兄弟一様」、「広州繁栄恢復了」、「経済提携」
【訳】「「日本・中国・満州国、提携万々歳」、「同胞は早く目覚めよ。共産党(赤魔)の愚弄を受けるな。」、「武装を解除して、早く新政権に従え。」、「日華親善」、「日本と中国は兄弟のようだ」、「広州の繁栄は回復した」、「経済の提携」
⇒⇒絵が全体として稚拙。日本軍の飛行機はトンボのように見える。広州という地名が出てくるので、南支、すなわち広州のあたりで撒布された伝単である。

51号
【51号】 36頁
52号
「広州市面繁栄恢復了」、「日華親善」
【訳】「広州は景気がよい。立ち直った。」、「日華親善」
⇒⇒広州は日本軍に占領される。カイライ政権も出来る。町の建物には、日の丸や五色旗(カイライ政権の国旗)が翻っている。占領されたが、広州の町は、以前と同じような繁栄を取り戻したという。
【52号】 37頁
53号
「中日提携、推倒蒋政権、我們協力更生広東。」
【訳】「中国と日本は提携して、蒋介石政権をひっくりかえす。わたしたちは協力して広東を復興する。」
⇒⇒日本と中国の二人の少年が立っている。蒋介石政権の木はすでに切り倒された。残った切り株から、日の丸と五色旗の小枝が出てくる。花も咲く。
【53号】 38頁
54号
「蒋党的最後命運、定必喪身於持着鎌刀的共産党之手!」
【訳】「蒋介石の国民党の最後の運命は、まちがいなく鎌を持った共産党の手によって、滅ぼされるであろう。」
⇒⇒赤い服を着た熊が、鎌で蒋介石を自分の所に引き寄せ、赤いハンマーで打とうとしている。蒋介石が共産党によって滅ぼされるであろうという。
【54号】 39頁
55号
「把援蒋的綳帯解開来着! 非把這百年大患的悪癌割掉、中国是不会再站起来的!」
【訳】「蒋介石を助けている包帯をほどきなさい。この百年の大患の悪いガンを切除しなければ、中国は再び立ち上がれないであろう。」
⇒⇒日の丸をつけた二人の医師が患者を診る。患者の右足には大きなガンができている。このガンを今から切除するというのである。
【55号】 40頁
56号
「華商挟二千万元的鉅資帰来。広州商界的金融頓呈活躍。」
【訳】「中国人商人は二千万元の大金を持って帰ってきた。広州の経済界の金融は急に活発になった。」
⇒⇒大金が詰まった黄色い袋が床を埋めている。その上で、多くの商人が狂喜している。広州の経済のことを扱っている。日本がおさえていた二千万元の大金を、広州の商人たちに返却したのであろうか。
【56号】 41頁
57号
「抗戦!抗戦!蒋介石的魔旗一揮、文人又足彀一篇「弔令戦場文」的資料了!」
【訳】「抗戦せよ。抗戦せよ。蒋介石の悪魔の旗がひとたび翻れば、文人はまた「戦場で戦死者を弔う文」の資料をまかなえるであろう。」
⇒⇒白骨が一面に積み重なった所で、蒋介石が中国国旗をひるがえす。
【57号】 42頁
58号
「前線的兵士是浴血捨身捨命努力。但是成都昆明的軍閥、要人、都是荒耽酒色淫楽而已。」
【訳】】前線の兵士は血みどろになり、おのれを捨てて、命を顧みないで努力している。しかし、成都(四川省の中心都市)、昆明(雲南省の省都)にいる軍閥や要人たちはみな酒と女にうつつをぬかしているだけだ。
⇒⇒上に「成都行営」と記した建物がある。「行営」は「最高統帥者の野戦司令部」のこと。したがって、成都に設けられた「最高統帥者の野戦司令部」である。そこにいる軍閥や要人たちは、戦時というのに女性たちと踊っている。下は戦場である。兵士が苦戦している。両者を対比して描いている。
【58号】 43頁
59号
「蒋軍閥」、「無謀抗戦」、「抗戦愈久、即増加焦土。良民受痛苦、愈甚啦」
【訳】「蒋介石軍閥」、「無謀な抗戦」、「抗戦がますます長引く。焦土が増加する。良民の苦痛もますますひどくなる。」
⇒⇒「蒋介石軍閥」、「無謀な抗戦」と、よこ腹に記したタンクが多くの人々をひき殺して進んでゆく。タンク自体もオンボロで、戦車砲もひん曲がっている。
【59号】 44頁
60号
「和平救国」、「運命已経決定了。負着全体国民的輿望。」、「汪先生」、「後来的事、都不管得了。三十六着、走為上着」
【訳】「平和、救国」、「運命はすでに決まった。国民全部の輿望を負う。」「汪兆銘氏」、「あとのことは、どうでもよい。三十六計、逃げるにしかずだ。」
⇒⇒左右に分かれている。右は、日の丸と五色旗の下、多くの人々が集まり、汪兆銘を推戴している。左で、蒋介石は、「抗戦」、「抗日」、「容共」の宣伝文を吊るしたアドバルーンがついたビルにいる。しかし、そのビルは今まさに倒壊しようとしている。共産党も逃げ出している。
【60号】 45頁
「日軍戦争的理由:為的是要救中国民衆、踢倒了残忍的狼――「国共合作」、把中国良民救出。」「日軍的奮戦、是為着要救中国的民衆、由国民政府的毒牙遇救出来的中国良民的笑臉。」
【訳】「日本軍が戦争をする理由:中国の民衆を救おうとして、残忍な狼、すなわち「国共合作」を蹴り倒し、中国の良民を救出するためである。」「日本軍の奮戦は、中国の民衆を救い、国民政府の毒牙から、難を逃れた中国良民の笑顔のためである。」
⇒⇒日本軍の一人の兵隊が、「国共合作」および「国民政府」と記された二匹の犬を蹴り倒して進んでくる。彼は中国人の幼児を背負う。彼の後ろから二人の中国人がついてきている。

61号
【61号】 46頁
62号
「党軍的軍官、進軍的時候、最後面緩々而進。」、「敗北逃難的時候、是在最前面的鼠竄而已。」、「善良的中国兵士諸君啊。請思一想吧。這様無意思而最惷的戦争、加緊結束、是最良的弁法咧。」
【訳】「中国軍の将校は、進軍の時は最後尾でゆっくり進む。」、「敗北し逃げる時は、真っ先にネズミのようにこそこそ逃げる。」「善良なる中国の兵士諸君。ちょっと考えてくれ。このような無意味で最もおろかな戦争は、むりやり終結させるのが最良のやり方だ。」
⇒⇒上下二段に分かれている。上。兵隊の後ろから「督戦」のため、将校がついてゆく。下。負け戦では、「督戦」の将校が真っ先に逃げ出す。
【62号】 47頁
63号
「摟抱着女人的指揮官、利用士兵肉体作盾牌、以抵擋日軍的堅鋭砲火!世間上有這等不平事嗎?諸君!日軍的敵人不是你們士兵。而是你們背後淫佚的党将呀!」
【訳】「女性を抱擁する指揮官は、兵士の肉体を利用して盾とする。それでもって日本軍の激しい砲火を防ぎとめる。世間に、このような不合理なことがあろうか。諸君。日本軍の敵はあなたがた兵士ではない。あなたがた兵士の背後でみだらなことにふけっている将校たちである。」
⇒⇒将校は後方で若い女性とたわむれている。兵士たちが弾よけにされている。日本軍の敵は、気の毒な兵士たちではなく、特権的な将校であるという。将校と兵士の間の矛盾をつき、両者を切り離そうとしている。
【63号】 48頁
64号
「広東楽土万歳」、「一年前的広州、是満目瘡痍一片坵墟的焦土!
然而一週年復、新的広東已従日軍的扶掖下、整理得井有条!市面上車水馬龍的熱攘情景 較諸焦土以前的広州有過之無不及!朋友!你想到這楽土来爽礼嗎?」
【訳】「広東の楽土、万歳」、「一年前の広州は満身創痍で、あたり一面、焼け跡ばかりの焦土であった。しかし、占領後、一周年になった。新しい広東はすでに日本軍の援助の下、きちんと整理された。町の車馬の往来が盛んなさまは、これを焦土になる前の広州と比べると、勝りこそすれ決して劣らない。友よ。あなたはこの楽土に来て楽しもうとは思わないか。」
⇒⇒「広東楽土万歳」という看板が立っている。その周辺を多くの中国人が歩いている。平和で繁栄する町のようすである。占領後、一年たった広東の復興ぶりを示している。文章が活字ではなく手書きなので、読みにくい。
【64号】 49頁
65号
「養虎先生。燃着了大薬引的大炸弾、団々把蒋伯々囲着、這殺人不睞眼的悪魔、合作於先、分裂於後、非把這住「養虎先生」化為灰燼、誓不干休!」
【訳】「養虎先生。火薬をいっぱい詰めた大型爆弾(共産党をさす)が、ぐるりと蒋介石を取り囲んでいる。人を殺しても眉一つ動かさない、この悪魔(共産党をさす)は、さきに国民党と合作するが、後には分裂する。共産党は爆発して、この「養虎先生」(蒋介石をさす)を灰燼にせねば、このまま引き下がってはならないと決めている。」
⇒⇒「養虎」は、「虎を飼う。将来の災いとなるのを知らずに禍根を養うこと。」蒋介石は、「虎」、すなわち共産党を「飼」っている人、すなわち、「養虎先生」だとする。蒋介石は、「虎」、すなわち共産党と合作している。それは危険だ。共産党は将来必ず禍根をもたらす。彼らは将来、必ず蒋介石、すなわち、「養虎先生」を打倒するであろうと主張する。
【65号】 50頁
66号
「孫総理在天之霊、垂涙的看看蒋政権的焦土抗戦咧。」、「孫総理」、「中国民衆」、「焦土抗戦」
【訳】「天国にいる孫文の霊が、涙を流して蒋介石政権が行っている焦土抗戦を見ている。」、「孫総理」、「中国民衆」、「焦土抗戦」
⇒⇒蒋介石政権は日本軍の侵攻に抵抗するため、自ら都市を焼き払う焦土作戦を行っていた。孫文は国民党の創始者。その孫文の霊が、天国から蒋介石政権が焦土作戦を行っているのを見て、きっと悲しがっているであろうという。孫文は涙を流して泣いている。
【66号】 51頁
67号
A「聴説広州已経太平無事了。」、B「打仗打得這様辛苦、我們不如不打了。大家一起回去罷。」
【訳】A「聞くところによると、広州はすでに平安無事だそうだ。」B「戦争をするのに、こんなに苦しいのであったら、われわれは戦争をしないほうがよい。みんな一緒に帰ろう。」
⇒⇒遠方に見える広州の町から音楽が聞こえてくる。前線で8人の兵士がしゃべりあっている。前線の大砲は破損している。
【67号】 52頁
68号
A「跟着老蒋跑、終帰是死路一条!」B「看嗎!故郷的復興様子不如帰去!」
【訳】A「蒋介石と逃げまわっても、ついには死ぬだけだ。」B「見ろ。故郷の復興の様子を。逃げ回るより、故郷に帰るほうがよい。」
⇒⇒石ころだらけの道を、蒋介石と逃げ回っている兵士たちの会話である。故郷は、五色旗の翻るカイライ政権のもとにあって、めざましく復興している。蒋介石とともに逃げ回るより、復興している故郷に帰ったほうがよいと言っている。
【68号】 53頁
69号
「在党政旗幟号召之下、盲目抗戦的結果成績、祗是白骨畳々。」
【訳】「国民党政府の旗じるしの呼びかけの下、盲目的に抗戦した結果は、ただ累々たる白骨の山だ。」
⇒⇒白骨の山がある。目隠しをされた兵士は、それを見ることができない。
【69号】 54頁
70号
「重慶要人相継説出、蒋党之内、但聞一片和平救国的呼声!」
【訳】「重慶の要人たちは相継いで言い出した。蒋介石の党派の内、和平救国を求める声ばかりが聞こえてくる。」
⇒⇒重慶は四川省の都市。抗戦中、中国側はここを臨時首都にしていた。重慶にいる要人たちはいろいろ言い出した。蒋介石は断固として抗戦を主張している。しかし、要人たちはみな、「和平救国」、すなわち、日本と妥協し、抗戦をやめることを求めるようになった。蒋介石から離れた所で、要人たちが「和平救国」について声高に議論している。蒋介石はただ一人憮然として、椅子に座り込んでいる。
【70号】 55頁
「把国民来做賭博的籌碼」、「賎格的、博徒輸了九十九元、還焦急看想把一元来、反敗為勝。勒住自己的頚一様、眞是愚不可及。」
【訳】「国民をバクチの数取り棒にする。」、「あさはかな博徒がバクチで99元も負けた。あせって、残った一元で負けをひっくり返して勝とうとする。自分の首を絞めるようなもので、本当に愚の骨頂である。」
⇒⇒一人の中国兵が刀をふりかざして、日本軍の大砲に向かう。兵士のうしろに督戦の見張りがつく。さらに、督戦者のうしろに見張りがつく。

71号
24頁の台紙に「昭和拾参年七月 中支」と、スミで書いてある。1938年7月以降に、「中支」、すなわち、揚子江沿岸地方で収集したものである。
【71号】 56頁
「最可憐的便是不知到広東已経太平無事了的兵士、還一歩一歩的向着戦場的墳墓跑、他們完全給人遮瞞着、聴不到真消息、看不見真事実。」
【訳】「最も哀れなのは、広東がすでに平安無事であるのを知らない兵士たちである。一歩一歩、戦場の墓場に向かって進んでゆく。彼らは完全にだまされている。正しい情報を聞かず、正しい事実を見ない。」
⇒⇒多くの兵隊が武装して歩いてゆく。彼らは目隠しされ、耳栓もされている。広東付近の戦場に赴く中国兵である。彼らが情勢について、正しい情報を与えられていないと指摘する。

72号
【72号】 57頁
73号
「在月光明朗的良夜、你們在陣地上、還記得自己家郷妻児否?」
【訳】「月の光が明るく照らす、ここちよい夜、あなたがたは陣地で、まだ自分たちの故郷に残してきた妻や子どものことを覚えているであろうか。」
⇒⇒満月が照らす前線の陣地で、兵士が故郷に残してきた妻子・父母のことを思いめぐらしている。
【73号】 58頁
74号
「地獄与天堂。前方士兵、出生入死。後方将官、花天酒地」
【訳】「地獄と天国。前線の兵士は死線をさまよう。後方にいる将校は、酒色におぼれた生活をする。」
⇒⇒左右に分かれている。右は苛酷な戦場で、兵士たちは生死をさまよっている。左は後方で、将校がベッドで若い女性とたわむれている。両者を対比して「地獄と天国」と表現している。戦場の兵士たちに向かい、将校たちの腐敗した生活ぶりに注目せよと訴えている。
【74号】 59頁
75号
「『丈夫已多年在外当兵、使我毎夜只是空房孤枕、擁着晶潔的肉体無人供応、在這秋風而又月夜良辰、只有眼涙塞満着我的胸襟、算来我不是自小紅顔薄命、為何丈夫一去而不作帰程?』諸位啊!你嬌妻情人已如此傷心、何不把昔日旧夢再度暢温、為你嬌妻的望夫之情至殷、你們応速図帰計重聚天倫!」
【訳】「『ダンナ様は兵隊になリ、長年、不在。おかげで私は毎夜、ひとりぼっち。きれいな肉体を持っているのに、相手にしてくれる人はいない。秋風が心地よい、月夜の晩なのに、ただ涙が私の胸を濡らすだけ。私は小さい頃から美人薄命の運命ではないと思っていた。ダンナ様はなぜ行ったきり、帰ってこないのか。』みなさん。あなたのいとしい妻や恋人はこのように心を痛めている。どうして昔の夢をふたたび温めないのか。あなたのいとしい妻が夫を恋い慕う気持ちはとても深い。あなた方は早く妻の所に帰る計画をたて、一家団欒の楽しみを取り戻すべきである。」
⇒⇒ピンク色の紙に黒で記す。裸の若い女性が椅子に座って寝そべっている。妻や恋人たちが夫・恋人の帰りを待ち焦がれている。早く彼女たちのところに帰ってやりなさいとせきたてる。
【75号】 60頁
「親愛証」、「留恋的故郷」、「裁断線」
【訳】「親愛証」、「離れがたい故郷」、「切り取り線」
⇒⇒たて長。上に大きく「親愛証」と記されている。中央に、「離れがたい故郷」という説明で、白黒の写真がある。多くの人が集まって商売をしている情景なので、市場であろう。「切り取り線」の下は、裸の若い女性が赤いソファーに寝そべっている。「親愛証」と記されているので、この伝単を持ってゆけば、日本軍から優遇されるという意味であろう。
【続く】
【資料協力:戦争に関する資料館調査会】(2013年4月17日)
絵・写真をPDFでご覧いただけます。(PDF 41ページ)
http://www.peace-aichi.com/41-4_dentan.pdf