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【史料紹介】日本軍が中国でまいた伝単―「戦争に関する資料館調査会」史料より
愛知県立大学名誉教授  倉橋 正直



スクラップブック

伝単 スクラップブック
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 【1】 伝単の由来

新聞

朝日新聞 1980年4月19日 夕刊
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 伝単とは、戦争の時、宣伝のため、飛行機から大量に散布されたビラのことである(もともとは中国語)。太平洋戦争末期、アメリカ軍のB29からも、多くのビラが投下された。日中戦争でも、日本軍が多くのビラを投下したことはわかっているが、そのビラ=伝単の実物は、これまでほとんど発見されてこなかった。ところが、名古屋市にいた出口晴二氏が100枚もの伝単を収集し、保存していた。彼の収集した伝単のことは、33年前にすでに新聞に紹介されていた。

 伝単を保存していたのは名古屋市昭和区○○町○丁目、無職 出口晴二さん(66)。古いスクラップブックに入手順に張ってある。外へ出したことがないせいか、シワもなく、色もあせていない。ほとんどがきれいなカラー印刷だが、内容はえげつない。
 たとえば、前線で兵士は戦いに疲れ果てているのに、後方で将官は女性とたわむれているという風景をマンガで描いたもの。蒋介石の生首を大きな刀の上に乗せ、民衆がかついでいる姿。ポルノまがいの絵を添えた「親愛証」―――これを持参して投降すれば危害を加えないという保証書のようなものであった。また、民衆は「親日」であるのに蒋介石はスターリンと手を組んでいるとか、中国大陸の日本の占領地に次々に日の丸を立てていく図など。
 出口さんは昭和一二年七月、浜松市にあった陸軍飛行第五大隊第二中隊(軽爆隊)に召集され、同月末、天津から北京に入った。九月末ころから、北京の南、保定と石家荘を基地に太原攻略をし、その時、伝単がばらまかれた。
 出口さんは基地で飛行機の整備を受け持ち、飛行機が伝単を積み込むたびに、一枚ずつもらい、保存した。伝単は大半が週刊誌の半分の大きさ。二十センチほどの束にしたのを二、三個積み込み、爆撃から基地へ戻る途中にまいていたという。
 同じ年十二月には南京に移り、翌年には広東を基地に南寧方面にも、月一・二回の割でまいたと、出口さんは記憶している。十五年四月、召集解除のとき自宅へ持ち帰った。「当時は記念品のようなつもりで持っていたが、(後略)」
 『朝日新聞』1980年4月19日、夕刊

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スクラップブック表紙
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 出口氏がすでに死去しているので、この新聞記事が重要な手がかりになる。出口氏は、1914年4月の生まれ。前掲の『朝日新聞』の記事によれば、彼は軽爆撃機の整備兵であった。日中戦争の前半(1937年7月~1940年4月)、出征する。その間、当時の表現で、「北支」、「中支」、「南支」の各地に出かけている。
 彼の死後、遺族から「戦争に関する資料館調査会」に寄贈された。この貴重な史料が散逸を免れ、保存されたことを喜ぶものである。おかげで、大量の伝単を閲覧することができた。遺族の方、および、閲覧・利用を許可してくれた「戦争に関する資料館調査会」に感謝の意を表するものである。
 伝単は、すべて一冊のスクラップブックにのり付けされている。伝単は全部で約100枚ある。これだけ多くの伝単が残されている例はない。他に類を見ない史料である。今後、出口氏の残した伝単は多くの研究者によって注目され、研究されてゆくことであろう。今回の紹介が、そのさきがけになれば、幸いである。 スクラップブックの台紙には、頁を打っていない。1頁に1枚、あるいは2枚の伝単が貼り付けてある。伝単のたてと横の長さはそろっていない。おおよそを示せば、よこ長の場合、13×19センチぐらいである。伝単には、すべて鉛筆で番号がつけられている。これを○○号と示す。伝単が1頁に2枚、貼り付けてある場合、下に来るほうが、番号は若い。以下、伝単の整理番号(○○号)の順序に従って、紹介してゆく。
 1頁に2枚、伝単が貼ってある場合だけ、何頁の下、あるいは上と示した。1枚しか貼ってない場合は、頁数だけを記した。また、伝単の多くは多色刷である。それゆえ、多色刷の伝単の場合は、何も記さなかった。少数であるが、白黒のものがある。こちらだけ、白黒刷と示した。伝単の多くはよこ長である。したがって、よこ長の場合は、何も記さなかった。たて長の伝単だけ、たて長と表記した。

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 【2】伝単の簡単な紹介

 1枚目の台紙の裏に、「昭和拾弐年 北支にて」と手書きで記されている。

伝単

1号

 【1号】 1頁の下
 「怪!以兄弟之骨肉為柴火焼出来的山珍海味饗宴某国的客人」
 【訳】「おかしいぞ!兄弟の骨肉をたきぎにして作った山海の珍味で、某国の客をもてなしている。」⇒⇒後姿の蒋介石が多数の中国兵をたきぎとして、かまどで燃やしている。某国の客人とはスターリンである。できあがったごちそうはスターリンにふるまわれる。

 【2号】 1頁の上
 「軍費・子弾及食糧快要断絶了」
 【訳】「軍費・弾丸および食糧はまもなく断絶する。」
 ⇒⇒上下二段になっている。上段:日本軍が海上封鎖したため、関税収入がなくなる。下段:だから、兵隊に対する糧食も停止せざるを得ない。

 【3号】 2頁の下
 「仮定国民政府赤色時?」
 【訳】「仮に国民政府が赤化した時は?」
 ⇒⇒上下二段になっている。上段:支配階級は民衆を牛馬にするであろう。下段:支配階級は、人々を搾取される道具にするであろう。

 【4号】 2頁の上
 「因為你們被上官瞞着、所以還不知道前線的状況。其実已経大吃敗仗!」
 【訳】「君たちは上官にだまされているので、まだ前線の状況を知らない。実際のところ、すでに大敗している。」
 ⇒⇒兵士は上官によって目隠しされている。華北と上海ですでに多くの中国兵が戦死した。明るい華北と、戦乱の上海が対比して示されている。

 【5号】 3頁の下
 「共産主義的外形内容」
 【訳】「共産主義の外観と中身」⇒⇒左右二段になっている。右側:赤いリンゴは、外側から見るとおいしそう。左側:ナイフで切ってみると、リンゴの中身は「亡国のウジ」だらけ。

 【6号】 3頁の上
 「解甲還郷」
 【訳】「武装を解いて、故郷に帰る」
 ⇒⇒上下二段になっている。上段:日本軍が海上封鎖したため、関税収入がなくなる。下段:だから、兵隊に対する糧食も停止せざるを得ない。

 【7号】 4頁の下
 「各国都不願意理会、可靠的某国又因為害怕某某的監視、不能給与多大的援助、所以敗色愈濃。」
 【訳】「各国はみな中国のことを気にとめようとしない。頼るべき某国もまた、某某の監視を恐れ、多くの援助を与えられない。だから、敗色はいよいよ濃くなる。」
 ⇒⇒某国はソ連をさす。ソ連のスターリンは中国をもっと援助したいが、某某、すなわちヒットラーとムッソリーニの監視があるので、できないと弁明する。

 【8号】 4頁の上
 「中日両国的実力比較 日本有很充足的軍費而 中国的金庫劫是空々如也」
 【訳】「中国と日本の実力の比較。日本には十分な軍費があるが、中国の金庫はすっからかんである。」
 ⇒⇒日本人の男が頭上に軍費の箱を高く持ち上げている。箱には「26億の日本の軍費」と記されている。一方、中国人がのぞいている金庫には、何も入っていない。すっからかんである。

 【9号】 5頁
 「諸君看吧!老蒋発瘋了!側近旧支要人陸続跑到華北去了 蒋的暴虐不信  没落已迫了旦夕 趕快停止戦争吧!」
 【訳】「諸君、見なさい! 蒋介石は気が狂った。側近の以前の中国の要人は続々と華北に逃げてしまった。蒋介石は信じられないほど暴虐なので、没落はすでに旦夕に迫っている。急いで戦争を停止しよう。」
 ⇒⇒刑場で、目隠しされた者が、棒杭にしばられ、蒋介石の命令によって、今まさに銃殺されようとしている。銃殺されようとしているのは、閻錫山、李宗仁、馮玉祥、宋哲元、韓復榘らである。蒋介石の横に断髪姿の女性が立っている。蒋介石夫人の宋美齢であろう。右側には、華北へ逃げようとする三人の要人が描かれている。
 日中戦争が起ると、中国側の有力者(旧来の地方軍閥など)が一丸となって、戦ったわけではなかった。彼らの間に矛盾があった。そのため、蒋介石は、戦争中、中国側の要人たちと、時に対立し、排斥せねばならなかった。

 【10号】 6頁の下
 「活用投降票吧 就可以享福。軍同情優遇你們!趕快脱離欺偽的強制吧」
 【訳】「投降票を活用しよう。そうすれば、幸せを享受することができる。日本軍はあなた方に同情し、優遇する。いそいで、いつわりの強制から抜け出せ。
 ⇒⇒右上に、赤地に日の丸と五色旗を交叉させた投降票がある。中国兵に呼びかける。鎖を切って、この投降票を持って、日本軍に投降してきなさい。日本軍の所に来れば、大盛りの飯が食べられると示す。投降してきた中国兵が、日本軍兵士から供給された、大盛の飯を食べている。

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伝単

11号

 【11号】 6頁の上
 「趕快投降求享口福吧。党軍後方已経欠乏糧食了 日軍準備如此豊富」
 【訳】「いそいで投降し、ごちそうにありつこうではないか。党軍、すなわち、中国軍の後方はすでに糧食が欠乏している。日本軍の準備はこのように豊富である。」
 ⇒⇒目立つように周囲を赤い枠で囲んでいる。中央に、日の丸と五色旗を持った日本軍の兵隊がいる。こちらに来れば、ごちそうが食べられると示す。右側は、腹をへらした中国軍隊。左側の日本軍の所に来て、ごちそうを食べている中国兵。両者を対比している。

 【12号】 7頁の下 白黒刷。たて長。上に絵。まん中に道路標識。
 右は「活路」、「歓迎投降者」。右は「死路」、「鎗斃退却者」。
 【訳】「生きてゆく道」、「投降者を歓迎する」。「死滅への道」、「退却者は銃殺する」。
下に文章。「大場鎮、江湾、南翔已経被日軍包囲了、現在只有投降、或是死滅一途而已(後略)」 「携来伝単投降者毎張賞洋五元」
 【訳】「大場鎮、江湾、南翔はすでに日本軍に包囲された。現在、ただ投降あるのみ。それとも死滅の一途か。(後略)」
 ⇒⇒大場鎮、江湾、南翔は、いずれも上海戦の激戦地。
 文章の最後に、「携来伝単投降者毎張賞洋五元」と記されている。【訳】「この伝単を持って、投降してきた者は、一枚につき「洋五元」を与える。⇒⇒投降をうながす伝単を持って、投降してこい。伝単を持ってきたものには、「洋五元」の賞金を与えると記している。賞金つきの投降をうながす伝単のほうが有効だったのであろうか。
 なお、文章の最後の所に、124という数字が小さく記されている。ほかの伝単の中にも、同じように3ケタの数字が記されているものがある。伝単を作成していた部署が、発行した伝単につけた「通し番号」であろう。しかし、3ケタの数字がついている伝単は少ない。大半はついていない。以下、同種の数字は、「通し番号」と称することにする。

 【13号】 7頁の上
 赤地に、日の丸と五色旗が交叉している。中央に「投降票」と、横書きで記されている。周囲を、白黒のワクで囲っている。目立つように、地の色は赤く印刷してある。
 下に、「一、投降者携帯此票来日軍。二、日軍対於携帯此票者、不但不看做敵兵 而且優遇之矣。日本軍」と記されている。
 【訳】「一、投降するものは、この投降票を携帯して日本軍の所に来なさい。二、日本軍は、この投降票を携帯するものに対して、敵兵と見なさないだけでなく、優遇する。日本軍」
 ⇒⇒この投降票は貴重である。おそらく、飛行機から大量に散布したのであろう。

 【14号】 8頁 たて長。
 「日軍的勇敢善戦、所向崩潰。日軍的新鋭軍械、挙世無雙」
 【訳】「日本軍は勇敢に善戦する。向かう所、崩壊する。日本軍の新鋭の兵器は、世に並ぶものがない。」
 日本軍の飛行機が爆弾を落とす。地上で中国兵が吹き飛ぶ。周囲に赤いワク。

 【15号】 9頁 たて長。37.6×26.2センチ
 ⇒⇒最も大きい。二つ折りになっているのは、これだけである。若い母親が幼児を抱いている図柄。幼児は男の子。手にヒモのついた人形を持っている。母親は中国服を着ている。裏は白。何も記されていない。上質の紙を使っている。いとしい妻と可愛い子どもを大きく描いている。兵士の厭戦の気持ちをかきたて、投降を呼びかけている。
 「愛児!你們的孩子、誰来替你扶養?趕快投降吧。這是你們救自己、救妻子的捷径!嬌妻!你們的妻子、天天在家裡、怎様的掛念着你們、等候着你們回来啊!」
 【訳】「可愛い子ども!あなたがたの子どもを、誰があなたに替わって扶養するのか?急いで投降しなさい。これが、あなたがたが自分を救い、妻子を救う近道である。いとしい妻!あなた方の嫁さんは、毎日、家でどんなにかあなたがたのことを心配し、あなたがたの帰りを待っていることであろう!」

 【16号】 10頁 白黒刷。
 「対投降者以友誼待遇、並儘量供給伙食。」、「持此種伝単来投降者毎張賞洋五元」
 【訳】「投降者に対しては、友誼をもって待遇する。食事は腹いっぱい提供する。」「この伝単を持って、投降する者には、一枚につき、洋五元を与える。」
 ⇒⇒日本軍の陣地には、投降歓迎と書いた旗や日の丸が翻っている。それをめがけ、多くの、伝単を持った中国兵が投降してくる。日本軍に投降してきた中国兵は、たらふく食事をもらっている。左下すみに、120という、「通し番号」がある。

 【17号】 11頁 白黒刷。たて長。
 上段に絵。「仮使蘇聯起了戦争」【訳】「もしもソ連が戦争を起こしたならば」。下段は文章。「国共合作的正体」
 【訳】「国民党と共産党の合作の正体」という文章がある。文章は長い。
 ⇒⇒絵はごちゃごちゃしていて、わかりにくい。スターリンが落ちないように、塔の上につかまっている。ソ連を悪く言っている。132という、「通し番号」がある。

 【18号】 12頁 白黒刷。たて長。
 上段は絵。暴動が起こっている。「各地大暴動勃発」【訳】「各地で大暴動が勃発」。下段は文章。
 ⇒⇒漢口や広東などで大暴動が発生したという。最後の四行は「諸君願意生嗎?若想生還家郷的人們、就手拿伝単来投降吧!日軍絶対不殺投降者。」
 ⇒⇒【訳】「諸君は生きたいと願わないのか。生きて故郷に帰りたい人は、伝単を持って、投降してこい。日本軍は投降者を絶対に殺さない。
 左下すみに、141という、「通し番号」がある。

 【19号】 13頁 白黒刷。たて長。
 上に日本軍の飛行機。下に中国軍。中に文章がある。「中国士兵們!你們自飽嘗了大場鎮的敗仗以来、已経知道日本軍隊是多麼強勇吧?(後略)」
 【訳】「中国の兵隊たちよ。 お前たちは大場鎮の敗北を経験して以来、すでに日本軍隊がどんなに強いかを知ったであろう。(後略)」「携帯此種投降者毎張酬洋五元」【訳】「この伝単を持って投降してきた者は、一枚につき、洋五元を与える。」
 119という、「通し番号」がある。

 【20号】 14頁 白黒刷。 紙の色がピンク。たて長。
 中国の兵士が一人。蒋と書いてある鉄の玉に、鎖でつながれている。そばで妻子が泣いている。「勧你千万不要做「抗日的英雄」吧!因為「抗日」就是「自招滅亡」啊!」
 【訳】「あなたが決して「抗日の英雄」にならないように勧める。なぜなら、「抗日」とは、つまり「自ら滅亡を招く」ことだからである。」

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伝単

21号

 【21号】 15頁 白黒刷。紙の色がピンク。たて長。
 「説是華軍大勝、但各地劫被日軍占領。中国、這様欺瞞世界、怎不失悼列国的同情!」
 【訳】「中国軍が大勝というが、しかし、各地は日本軍に占領された。中国は、このように世界をだましている。どうして、列国の同情を失わないのか。」
 ⇒⇒アメリカ人が机の前に座っている。その上に、「中国軍、大勝」という、事実と異なるチラシが、次々ともたらされる。

 【22号】 16頁 白黒刷。 紙の色は肌色。
 日の丸のついた、大きなげんこつが中国の家を叩き壊す。「皇軍所向、常是如此!」
 【訳】「皇軍、向かう所、常にかくの如し。」
 ⇒⇒日本軍の強さを強調している。

 【23号】 17頁 白黒刷。紙の色がピンク。
 日本軍のタンクが多く並ぶ。「抗日就是燬滅!希望和平!必先帰順日軍!」
 【訳】「抗日は壊滅だ。平和を望むならば、必ずまず日本軍に帰順せよ。」

 【24号】 18頁 白黒刷。紙の色がピンク。
 「上了大当的地方軍 地方軍被蒋介石騙到前線 当日軍的炮火!」
 【訳】「だまされた地方軍。地方軍は蒋介石にだまされ、前線に行く。日本軍の砲火を浴びる。」
 ⇒⇒当時の中国には、以前の軍閥の時代からの「遺物」で、地方軍というものが存在した。彼らは中央政府からなかば独立していた。その地方軍が前線に派遣され、損害を受けた。

 【25号】 19頁  白黒刷。紙の色はうす黄色。
 「今天受了外国的煽惑補助而一意抗日、那麼明天将要怎様?」
 【訳】「今日、外国のそそのかしと補助を受け、ひたすら抗日する。それでは、明日はどのようにするのであろうか。」
 ⇒⇒英米から、蒋介石は砲弾などを受け取る。

 【26号】 20頁 白黒刷。紙の色は青緑色。
 「前線的士兵在戦壕裡浴血拼命!漢口的国共両党只在争権奪利。」
 【訳】「前線の兵士は塹壕で血みどろになって奮戦している。漢口で、国民党と共産党はただ権力争いをしている。」
 ⇒⇒日中戦争の初期なので、共産党のことはあまり出てこない。ここでは、珍しく共産党のことが出てくる。

 【27号】 21頁 たて長。
 マンガ。上下4段に分かれている。イギリスが銃を中国に売る。多くの中国人が戦死する。しかし、イギリスは大もうけ。「白銀換鎗的把戯」
 【訳】「白銀を銃に換えるペテン」

 【28号】 22頁 白黒刷に青一色が加わる。たて長。
 8コマのマンガ。「諸君!着細看。再着細想吧!」
 【訳】「諸君。注意深く見よ。さらに注意深く考えよ。」
 ⇒⇒

 【29号】 23頁  白黒刷に黄一色が加わる。たて長。
 6コマのマンガ。「抗日六部曲」
 ⇒⇒一人の中国兵が刀をふりかざして、日本軍の大砲に向かう。兵士のうしろに督戦の見張りがつく。さらに、督戦者のうしろに見張りがつく。

24頁の台紙に「昭和拾参年七月 中支」と、スミで書いてある。1938年7月以降に、「中支」、すなわち、揚子江沿岸地方で収集したものである。

 【30号】 24頁の下 たて長。
 中国の分省地図。「蒋政権没落之図」
 【訳】「蒋介石政権没落の図」
 ⇒⇒中国の領土を、三つの色で分けている。蒋介石政権は、4つの省しか支配していないと図示している。「民国二十七年十月二十五日所調査」とある。1938年10月の時点での調査である。蒋介石政権が統一中国の中央政府の実態をすでに備えていたことを、軽視している。

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伝単

31号

 【31号】 24頁の上
 「九江倒蒋大会会衆五千」
 【訳】「九江市で開かれた、蒋介石打倒の集会。5千人が集まった」
 ⇒⇒集会で、一人の男が演説している。九江市は、江西省北部の港湾都市で、1938年7月に陥落。町の規模は比較的小さいが、揚子江の重要な港町であった。その九江市で、蒋介石政権に反対する大規模な集会が開かれた。

 【32号】 25頁の下
 「咄、這個醜漢」
 【訳】「ちぇっ!この恥じさらしめ。」
 ⇒⇒日本軍の空襲で、爆弾が落ちてくる。家屋が焼けている。その中を、蒋介石がお金をいっぱいつめた袋を担いで逃げてゆく。蒋介石を非難している。

 【33号】 25頁の上 たて長。
 「有信義的日本軍的真意」
 【訳】「信義をまもる日本軍の真意」
 ⇒⇒左右に分かれている。
 右側は戦争。「対容共抗日軍、定必徹底撲滅之。」左側は中国民衆と日本軍の兵士。「対中国民衆、将依中日的提携、建設和平的東亜。」
 【訳】「共産主義を容認する抗日軍に対しては、必ずこれを徹底的に撲滅する。」「中国の民衆に対しては、中国と日本の提携によって、平和な東亜を建設する。」

 【34号】 26頁の下 白黒刷。
 「蒋介石之誤算」「蒋介石要仰赤魔鼻息、民心就皆離叛了!」
 【訳】「蒋介石の誤算」「蒋介石は赤魔(スターリン)の鼻息をうかがおうとする。民心はみな離反してしまった。」
 ⇒⇒「防共」、「親日」、「東洋」、「平和」と書かれた手のひらの上で、民衆は楽しんでいる。蒋介石はスターリンの鼻ひげにつかまっている。スターリンの大きな顔と蒋介石の小さな姿が好対照をなす。

 【35号】 26頁の上
 ⇒⇒水の中、多くの人が溺れている。汪兆銘先生が上から浮き輪を投げて、彼らを救わんとしている。
 「汪先生不忍坐視民衆溺於蒋介石的毒水中 所以伸出挽救的手呀!」
 【訳】「汪兆銘先生は、民衆が蒋介石の有毒な河川で溺れるのを座視するのが耐えられないので、救いの手を伸ばした。」
 ⇒⇒汪兆銘は日中戦争時、日本側に協力し、カイライ政権を作った人物。

 【36号】 27頁の下 たて長
 「真正之温柔心 童心常懐慕」「民衆諸君呵!大家要帰還童心、党政府的暴虐政治及専横手段的真相 你們看清楚嗎?」
 【訳】「真正なやさしく温かい心には、童心が常にしたいよる。」「民衆諸君。みんなは童心にかえらねばならない。党・政府の暴虐な政治、および好き勝手な振る舞いの真相を、あなた方ははっきり見ましたね。」
 ⇒⇒日本軍の兵士が一人すわっている。そこに、三人の中国人の子どもが慕い寄ってくる。

 【37号】 27頁の上
 日華協力万歳
 ⇒⇒日の丸と五色旗(カイライ政権の国旗)が交叉している。この場合、「日華」とは、日本とカイライ政権を指す。

 【38号】 28頁の下
 「小孩子的先生」
 【訳】「子どもの教師」
 ⇒⇒子どもが教師になって、小さい子どもに教えている。壁にかかった日の丸には、「慈愛的日本兵」、「日華合作万歳」と記されている。
 【訳】「やさしい日本兵」、「日本と中国の提携 万歳」

 【39号】 28頁の上 たて長。
 「中国民衆欲推進和平幸福」
 【訳】「中国の民衆は平和と幸福を推進させたい」
 ⇒⇒⇒五つの斜めの道。「幸福・平和」の赤い玉を、人々が坂道から押し上げようとしている。

 【40号】 29頁の下
 「老蒋! 你還要依靠甚麼人呢?」【訳】「蒋介石よ。お前はまだどんな人に頼ろうとするのか」
 【訳】「蒋介石よ。お前はまだどんな人に頼ろうとするのか」
 ⇒⇒「共産犬」と記された犬が横にいる。蒋介石が共産党に頼ろうとしても、うまくゆかないぞという意味であろう。

 【41号】 29頁の上
 「東亜永遠的和平成功了!」「蒋介石政権陥落於地獄了!東亜的永遠和平到来了!」
 【訳】「東亜の永遠の平和が成功した。」「蒋介石政権は地獄に落ちた。東亜の永遠の平和が到来した。」
 ⇒⇒左下に、地獄に落ちた蒋介石政権が描かれる。「華北」、「華中」、「華南」と記された三羽の鳥とともに、一人の天使が、平和と記された月に向かって、空中を飛翔してゆく。
【続く】

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(2013年3月16日)

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