「原爆の図」展二つのイベント
運営委員 高橋 よしの
「高校生と学び伝える平和―トークと映画上映」(8月22日)・「ヒロシマ、ナガサキの怒りと祈り―朗読と映画上映」(8月30日)の報告です。両日とも満席、参加者の期待に満ちていました。
「原爆がこわいのは、放射能なんだよ」

8月22日、金本弘さんと高校生は「原爆の図」《水》《からす》を前に沈黙し、静かに解説に耳を傾けていました。その金本さんが突如「原爆が一番こわいのは、放射能なんだよ」と。1952年から1953年に「原爆の図」が愛知県に来ました。それを示した展示パネルの写真―岡崎駅で歓迎する主催者たちと、会場からあふれる来館者―を見て、「当時はGHQによるプレスコードがあって、原爆のことを誰も知らない。何も知らされていない。だからみんな知りたかったんだ、原爆のことを」と続けました。
金本さん(愛知県原水爆被災者の会の理事長)は、この日は愛知淑徳高校JRC部のメンバーとのトーク。その中でご自身の1945年8月6日を語りました。
2.5㎞で被爆。生後9ヵ月、姉の背中にいた。熱くて泣いた。姉が背中からおろしたら、『(自分は)死んでいた』。すぐに、防火用水の水につけ、逆さにして、頬をたたき口からがれきを吐き出させる。それを何度も何度も繰り返すのを、姉は見ていた。やっと「泣いた」ので、連れて帰る途中、コールタールのような黒い雨が降った。捜しに来た上の姉に4㎞ほどの地点で出会い安心した。
200字にもならない事しか、姉は語らなかった。
そして・・・一昨年2024年、93歳でその姉が亡くなる。2枚の手記が残されていて、金本さんが、男の人に助けられたこと、「お父ちゃんにあってうれしかった」と記されていた。その時はじめて、自分を助けてくれた男の人は父親だったと、金本さんは知る。『初めて、号泣しました。本当に生きていて良かったと思いました。助けてくれたのは、全く知らない人ではなく父親だった、父親がつないでくれた命だったのだと、82歳になって命の大切さを体感した』という。
結婚して子どもが生まれる時、母が持たせた被爆者手帳は持っていたが『私には関係ない』としまっていた。69歳の時に被爆者の会に参加して、一気に被爆者になったという。愛知県に200人以上いることに驚き、この人たちと一緒なんだと思い、勉強を始めた。小さなグループから始まった運動が、核兵器禁止条約として2017年国連で採択。何としても政府には批准してほしいと語る。
愛知淑徳高校JRC部は長い歴史をもち、今もさまざまな活動に取り組んでいる。トークの時間では、JRC部の高校生が自分の意見や考えを交え、10の質問をした。金本さんは一つひとつ丁寧に答えた。
「核兵器の本当のこわさは何ですか」の問いには、「放射能汚染。内部被ばくがあります。脳のない子が生まれたり、まだ放射能の影響は解明されていない。放射能は地球をダメにしていくのです」と。
「平和のために日常生活から意識できることは何ですか」には、「過去を忘れないことだと思う。平和活動の仲間を増やすのは難しい。グレタ・トゥンベリさんは高校生で活動を始めた。最初は一人ぼっちでも、だんだん仲間が増えていったよね。一人でもいい、ずっと声を上げ続ける。希望をもってやってほしい」。金本さんの、高校生に期待する思いは熱い。それに真剣に耳を傾ける高校生たちでした。
この日は特別なお客様がいました。71年前に原爆病で入院している子どもたちを励まそうと広島赤十字に鶴を送った方たち。それが偶然、佐々木禎子さんに届いた。その送り主、愛知淑徳高校JRC部の大先輩、高橋登代子さん、中村ゆき江さん、中村順子さんが、お越しくださいました。中村ゆき江さんは、自分たちがやったことが、こうして今の高校生につながっていることがとてもうれしいと話されました。
「心からの叫びと祈りが、しみるかたりだったね」
8月30日は、ピースあいち朗読の会「オリーブ」による朗読「ヒロシマ、ナガサキの怒りと祈り」がありました。7人がそれぞれに作品を読みます。伊藤真利さんは『ヒロシマのピカ』(丸木俊)、田島美代子さんは『娘よ、ここが長崎です』(筒井茅乃)、荻野克典さんは『原爆詩集 希(ねが)い』―原爆の図によせてなど、「原爆の図」展にちなんだ作品が披露されました。渾身の思いを言葉にした語りに、聴衆も心揺さぶられ、聴いていました。
映画『影の書』の上映は22日と30日。イタリアの監督ジュゼッペ・カリエリが広島の被爆者に取材して作ったもので、2025年広島国際映画祭出品。“影”の持つ意味―記憶が、未来の希望につながると静かに語っています。「いい映画だったね」、見終わった観客から言葉がもれた。22日には、この映画上映に尽力してくれたセルジュ・ローソ、平野智子夫妻が来られた。セルジュさんはこの映画を監督に“作ろう”と呼びかけられた場面を監督の話し方の真似をしながら軽快に語ってくれました。