沖縄展「沖縄から平和を考える」を振り返って
運営委員  坂井 栄子




 今年の沖縄展の初日は5月5日のピースまつりの日でした。ピースまつりには230人の方が来館くださいました。
 恒例の展示ガイドは、2008年から始まった沖縄展の展示をボランティアといっしょにつくってきてくださった名古屋市立大学名誉教授の阪井芳貴さん。琉球時代から”捨て石”にされた沖縄の戦争、そして戦後から今への沖縄を解説していただきました。
 「解説を聞いて”沖縄を知る”ことはとても貴重で、大切な展示だと思いました」と、その後の2つのイベントへの誘導にもなったオープン初日でした。2つのイベントは「予約でいっぱいです」とお断りするほどでした。

 先ず、5月16日(土)のドキュメンタリー映画「太陽(ティダ)の運命」は52名がご覧になりました。沖縄県知事の大田昌秀(第4代)と翁長雄志(第7代)の物語で、二人は政治的には正反対でしたが、沖縄を代表する立場として民主主義や地方自治のあり方を訴え続け、県民に共感を呼びました。映画では数多くの人々の証言を通して、彼らの人間的魅力に惹かれました。終了後、「感動した。この映画を自分が関係する場所で上映したいがどうすればいいのか」と質問をいただきました。

 6月20日(土)の「沖縄戦から考える―平和の大切さ」の講演は70名の参加者でした。沖縄県南城市の糸数アブチラガマで平和ガイドをしている當山菊子さんが、沖縄戦とアブチラガマについて話されました。
 義母である當山ヨシさんが17歳の時に逃げ込んだアブチラガマでの体験がご存命の今もトラウマとなっていると少し涙ぐんで、体の傷は治っても心の傷は悩み、苦しみとなって続いていて終わりはないとの言葉に心打たれました。花火や飛行機が嫌いという義母に、今でも戦争に関する言葉は使えないとのことでした。

 首里城は今秋に正殿が公開される予定で、特別展「首里城と沖縄戦」のパネルは関心を持たれた人が多かったようです。
 沖縄戦時下、地下に第32軍司令部壕が構築された首里城は、重要な歴史的遺構としてその保存と公開を求める運動が生じています。地上部分の琉球王朝文化と沖縄戦における忌まわしき戦争遺跡としての二面性があることを知って、首里城を見ていただきたいものです。32軍のことを取り上げたからか、今回は南風原津嘉山壕(はえばるちょうつかざん)の出土品をじっと見る人が多かったです。


 プチギャラリーに展示した「沖縄の基地問題は私たちの問題」は、中国の海洋進出と台湾有事を念頭に政府は南西諸島を軍事要塞化したばかりか、日本列島全体の軍事要塞化を目論んでいることを防衛白書を元にパネル化しました。そこから、小牧空港や名古屋港も関係していることがわかってきます。高市首相の台湾有事発言もあり、他人ごとではなく、自分ごととして考えていただければと思いとりあげました。


 5月5日から7月4日までの入館者数は900名を超えました。これだけの方に来館いただいたのは、何となく不安な時代を反映しているのではと思いました。最終日に来館された若い女性の言葉がとても気になりました。「1歳半の子どもを実家に預けて一人で展示を見にきました。これから日本はどうなるのでしょうか?」と。