企画展「沖縄から平和を考える」によせて◆自分事として学び考える
ボランティア 嶺井 里桜
沖縄戦を体験した人々の高齢化が進み、直接証言を聞く機会は年々少なくなっている。私自身、幼い頃は戦争について知ろうとせず、祖父母や親戚の体験を詳しく聞いたことがなかった。しかし今振り返ると、その体験談は教科書だけでは学ぶことのできない貴重な記憶だったと思う。体験者が少なくなっていく今、私たち若い世代が話を聞き、学び、次の世代へ伝えていくことが大切なのではないだろうか。また、戦争は過去の出来事ではなく、現在にもつながる問題だと感じている。世界では今もなお紛争や戦争が起きており、多くの人々が平穏な日常を失っている。沖縄戦を学ぶことは、過去を振り返るだけでなく、「平和とは何か」を今一度考えることでもある。

沖縄戦から81年経った今、戦争体験を聞いても遠い過去の出来事だと捉えてしまい、自分事に感じることが難しくなっているのではないかと考える。私がひめゆり学徒隊について学んだ際、最も印象に残ったのは彼女たちも戦争に動員されるまでは、私たちと同じように毎日学校に通い、友人と過ごし、将来の夢を抱いていたということだった。もし戦争がなければ当たり前のように学生生活を続け、夢を叶えることができたはずである。しかし、戦争によって学ぶ機会も夢も命も奪われてしまった。この事実を知ったとき、沖縄戦を遠い昔の話ではなく、自分事として捉えることができるようになった。
また、親戚から戦争体験を聞いたことも沖縄戦を身近なものとして考えるきっかけになった。祖母の従兄弟には、対馬丸に乗船して亡くなった2人の姉がいる。残された家族は一生その悲しみを背負って生きている。祖母の従兄弟は高齢になった今でも対馬丸記念館で活動している。戦争がなければ家族で一緒に過ごし、共に成長していくはずだった自分の兄弟を失った家族の苦しみや悲しみを想像したとき、もし「自分の兄弟だったらどう感じるだろうか」と考えるようになった。戦争による犠牲をどこか「数字」や「歴史上の出来事」として捉えていた。しかし、親戚の体験を知ることで、犠牲になった方一人ひとりに家族や日常があり、それが突然奪われてしまったのだと肌で実感した。
このことから私は、私達の世代、次の世代に沖縄戦を語り継いでいくには自分事として捉え、学び、考えていくことが重要なのではないかと考える。これからも悲しみや苦しみを世界に増やさないために平和について学び、考え、そして伝えていきたい。