熱田空襲直下の小学校 千年小学校の取り組み
千年小学校・校長 栗本 和明
熱田区にある名古屋市立千年小学校で校長をつとめています。着任以来、地域を歩き回り、地域の人に会い、子どもたちが生活している「地域に密着」した具体的な学習ができないか、模索を続けています。その中で、これまでにいくつかの学習が実現しました。4年生社会科「防災」の学習では、津波避難ビルである本校と、同じく津波避難ビルである近隣の県立熱田高校と手を結び、熱田高校の校長先生や区役所の職員を交え、千年地域の防災を考える学習を行いました。2月には、5年生「公害」の学習で、高度経済成長期に起こった「名古屋新幹線訴訟」について、原告団事務局長をつとめた地域の方を招いての学習が実現しました。
そして、先日、6年生「日本の歴史」の学習で、熱田空襲の語り継ぎ手 田中玲子さんを招いての学習を行うことができました。保護者にも参観を呼びかけたところ、複数人の保護者が参加、さらに、地域の方も参加してくださいました。
千年小学校沿革史表紙
6年生が使う教科書は、東京大空襲の様子が描かれた資料を中心に構成されています。名古屋の被災状況は、資料「空襲の被害を受けた主な都市」という日本地図に、被災を示す○が名古屋につけられているのみ。教材研究を進める中で、学校の文書を保管する耐火書庫の中に「学校沿革史」を発見しました。戦災で焼失してしまったり、伊勢湾台風の被害で失ってしまっている学校が多い中、千年小学校は、奇跡的に昭和15年以降のものが残されていました。熱田空襲の当日、昭和20年(1945年)6月9日のことも書かれています。
「聨區(れんく) 大空襲ノタメ被害甚大 本校全壊 理科室始メ六教室焼失 運動場ニ 一トン爆弾(実際には二トン爆弾だったがこれまで使用された例がなかったため一トン爆弾と記載されている?)、二五0キロ爆弾一発直撃弾〈推定〉」
また、終戦の日、8月15日の記述は、 「和平ノ大詔降ル」です。
田中玲子さんから語られる愛知時計電機の悲劇と合わせ、6年生の子どもたちに、わずか81年前に先輩たちが体験した過酷な状況を、具体的に伝えることができました。
田中玲子さんのお話を聞いた子どもたちや保護者は、地域の戦災の様子を心に刻んでいました。また、田中玲子さんが授業の最後に、「戦争には被害と加害があります。その両面を忘れないで」と私たちに投げかけました。その投げかけに対し(私は千年小学校に着任する2校前「北京日本人学校」で校長を3年間つとめていました。3年間の中国生活で、中国各地の「抗日反日(日本人による中国に対する戦争加害などを伝える)」の資料をいくつも見ました)、中国で生活していた時の体験を交え、子どもたちに伝え、考えさせていきます。
これからの日本の、そして世界の平和を実現させていくのは子どもたちです。私たちは人々の思いを伝えていく使命を背負っています。田中玲子さんのお話を聞いた後、子どもたちから出た「平和を願う言葉」に、未来への希望を強く感じます。