30日間休まず原稿を書くということ
当NPO理事  西形 久司






 今年8月の1か月間、新聞に毎日連載記事を書いていたのだけれど、ほとんどの人はご存知ないと思う。それもそのはず、web上に掲載された記事なので、QRコードを読み取らないとその記事は出てこない仕組みになっている。「学ぼう戦争」というタイトルで、夏休みの子どもたちを想定した企画である。Q&Aになっていて、1面にクイズ。おしまいの方の紙面に、子どもたちの戦争についてのメッセージに添える形で答えが載っている。QRコードもそこにある。

 最初は記者がピースあいちの展示を見てつくったクイズとその解説を、ピースあいち側で監修するという話だった。ところがどうもそこから先に話が進まなかったようで、ピースあいちから私のところに打診があったのは、連載開始まで1週間もないという切羽詰まった段階であった。担当記者は戦争の歴史が専門というわけではないだろうから、監修するよりも自分で書いた方が早いということで、担当記者にサンプルを書いて送ったところ、急きょ私が30日分書くことになった。1回の字数制限は900字が上限。新聞休刊日を除く30回連続。しかもノーギャラ。このノーギャラというところが気に入った。「出番ですよ~」と言われたような気がしたから。

連載記事 「学ぼう戦争」の最終紙面
 
「学ぼう戦争」 Q&Aと解説を日ごとにまとめたものは
ピースあいちでご覧いただけます。

 連載にあたっていくつか私のなかに「腹づもり」があった。連載のオープニングは、子どもたちに関心を持ってもらえるようにということで、8月1日の第1回は「学童疎開」、翌2日の第2回は「学徒勤労動員」とした。8月6日掲載分を「リトルボーイ」、15日を「終戦」としたのは、ときどきの話題にタイミングを合わせたからである。
 それから時間的にも空間的にも、幅を広めにとりたいと考えていた。明治の戦争である日清戦争(9日付)、日露戦争(8日付)を取り上げたのは、明治の段階で、戦争で命を落とすことが「名誉」であるという「空気」がつくられるなど、後の戦争の原型が早くもあらわれているからである。
 空間的にも、「ゲルニカ」(スペイン内戦、12日付)、「アウシュビッツ」(24日付)、さらには戦後の「ベルリン」の壁(東西冷戦、28日付)、「ユーゴスラビア」内戦(29日付)など、日本から遠い場所で起きた戦争や対立も取り入れた。連載末期にはロシアの「ウクライナ」侵攻(30日付)という、現在進行中の国際情勢も扱った。ただし空間的に広くなどといいつつ、私の関心からヨーロッパの外には一歩も踏み出せなかった。

 ピカソの作品ゲルニカやアウシュビッツ、ベルリンの壁の跡地につくられたミュージアムなどは、偉そうな言い方をすると「自分の足で稼いだ」部分であるから、一人でも多くの人に伝えたいとの思いがあった。ほかにも、天気予報(18日付)やホチキス(13日付)、硬貨(19日付)など、私自身がいままでに見つけた「小ネタ」を盛りこんだのは、身近なところにも戦争について考えるための手がかりが隠れていることを、子どもたちにも「発見」してほしいと思ったからである。細部の方に歴史の真理が宿っていることがあるのだから。

 はじめのうちは、戦争を悲しいとか怖いという感性のレベルでとらえていたとしても、いつまでもそこにとどまっていられない。成長とともに、戦争認識も段階的に発達していくものだと思う。つまり戦争を構造的にとらえ、理解する必要があると考える。それが戦争を体験していない世代の、戦争への向き合い方だと思う。
 たとえば「東南海地震」(20日付)でいちはやく政府が情報統制をおこなったため、天災のはずが人災の様相を帯びたこと、「三河地震」(22日付)で、戦災を避けて疎開した学童がかえって地震のために犠牲になったことなどは、戦争の時代でなければ起こり得なかったことである。アメリカ軍の効率性を最優先させた空襲のメカニズム(25日付)も、戦争とは何かを考える手掛かりになるはずである。
 最終回では日本国憲法を取り上げた。戦争になると国家とか民族といった大きなものが優先され、個人の存在は軽くなっていく。そうではなくて、何よりも個人が優先されねばならないのですよと歯止めをきかせるものが私たちの憲法であり、そこに憲法の価値がある。このことは、ぜひ子どもたちに伝えていきたいと思う。