「ピースあいち」が本の表紙になったわけ◆『愛知を生きた女性たち 自由民権運動からピースあいちへ』発行にあたって
愛知女性史研究会  伊藤 康子






若者がスマホしか見ない、本は読まれないといわれるこの頃ですが、『愛知を生きた女性たち 自由民権運動からピースあいちへ』を風媒社から出版することができました。広く愛知の方々、地域女性史に関心をもつ方々、私たちを取り巻く「時代の空気」がどう動くのか考える方々にご一読いただきたいと思います。
生活者女性は力ある存在に従順で、黙っていて、変化を怖がったりして、その変化の諸相をどうとらえるかが問われてきました。この本では、愛知を場として、女性のひそやかな希望、生活から育つ意識の変化、じわじわと起こりつながり途切れる要求、女性の可能性を探ろうとしました。自由民権運動以来の自立・平等・連帯、日本の侵略戦争の中で要求とした平和を軸に、女性の生き方のヒントを探りました。(贈呈いただいた本に添えられたお手紙から)

   

 この愛知で、明治維新のすぐあと、お金に困った尾張藩の元家臣が、未婚の娘3人を料理屋に売った。娘たちは親の言うことならどんなことでも従うと売られていった。
 21世紀に入って、働きながら看護婦・助産婦の資格を取った加藤たづは、昼も夜も働きぬいて得た土地90坪と貯金1億円を、「永遠の平和」のため「世の中に役立てたい」から戦争メモリアルセンターの建設を呼びかける会に寄付すると申し出、たくさんのポランティアが努力して、2007年「ピースあいち」が設立された。
 愛知の女性は、どのようにしてこれほど変わることができたのか。

展覧会場の様子1

 

 明治維新の後、世界の経済・文化と結んだ日本の学校教育は、女性の可能性を開き、力を付けた。家族から離れて働くようになった女性は、仲間とつながる楽しさ、社会の動き方を知った。「時代の空気」「地域の規制」に縛られた生活から、自分たちの希望で暮らしを築く道を探した。
 世界の人びとに学ぴ、日本の男性に教えられ、自分らしく生きることができるのに気付く。自由民権運動、参政権要求、恐慌、戦争、日本国憲法、アメリカに従う政治経済、いろいろあって愛知の女性も本音で生きる追を探し当てた。
 その旅をたどったのが、『愛知を生きた女性たち 自由民権運動からピースあいちへ』(風媒社)の本。

 

 愛知県という場所だけではなくて、悲しむべきことも、すばらしいこともある愛知で暮らし、女性の生きがいを育てる生活の場に変えようとする覚悟と希望が織り込まれている。
 「ピースあいち」は、その旗印。いのちをだいじにできず、人権を自覚できなかった昔をふりかえって、後戻りしないための拠点。子ども世代、若者たちが先輩の知恵をうけつぐ場所。だから表紙を飾っている。
 この本を読んで、自分の経験、家族・友人の話も重ね合わせ、もっと豊かな歴史像を、愛知に残してください。