ピースあいち夏の企画展「戦争プロパガンダ~国民を戦争に向かわせた宣伝たち」
運営委員  林 和子

                                           
 

展覧会場の様子1

 

 7月12日から夏の企画展「戦争プロパガンダ~国民を戦争に向かわせた宣伝たち」が始まります。
 昨年9月から準備を始めたこの企画展。今回講演をお引き受けいただいた青梅市立美術館の田島奈都子さんの阿智村に残されたポスターを紹介した『プロパガンダポスターにみる日本の戦争』を読み、また、ピースあいちの所蔵する数々のモノ資料を見るたび、「いつか企画展にしたいね」と話し合ってきました。ピースあいちのボランティアと、民俗学の研究をされている愛知学院大学の蛸島直さん(駅弁の掛け紙)、ふろしき研究会の半田博子さんにもご参加いただきチームをつくり準備を進めてきました。

 

 昨秋にはポスターの下見をと、阿智村を訪問しました。講堂いっぱいに並べられた153枚のポスターは、ビジュアル的にも「心打つ」スローガン。圧巻。これが街中に貼られていたのか、と背筋が寒くなる思いをしました。

 

 当初は企画展名をどうしようかと議論になりました。「プロパガンダ」をどう表現するか、なじみのない「プロパガンダ」という言葉で多くの方に来ていただけるのかなどなど…。そんな中、2月24日に始まったロシアのウクライナ侵攻以降、「政治プロパガンダ」「戦争プロパガンダ」という言葉がいろんな場面で使われるようになってきました。
 今回の企画展は、かつて日本が戦争を遂行するため行った宣伝―プロパガンダの数々を見ていただき、それが国民に何を強いるのか考えたいと思います。
 以下、展示の概要をご紹介します。

阿智村に残された戦時ポスター
 戦争中に政府・軍は国民を戦争に動員するために数多くのポスターを作成しましたが、その多くは終戦直後に焼却処分されました。今回展示するのは、長野県阿智村の当時の村長の自宅に隠すように残されていたポスターの一部です。
 志願兵や満州開拓義勇軍の募兵。金属類の供出や節約を呼びかけるもの。心身鍛錬を呼びかけるもの。戦費をまかなうために戦時国債の購入を呼びかけるもの。横山大観画の「国民精神総動員」といったものもあります。国民に「全てを戦争のために」と呼びかけたおびただしい数のポスターの中から41点を展示します。

ピースあいち所蔵品から
 「飛行機増産総決起!」「今ぞ全土戦場」と書かれ、町内の掲示板や工場や学校などに貼り出された標語ポスターや短冊。鉛筆、湯飲みや茶碗にも標語が印字されています。隣組回覧板には、配給について、貯蓄・国債の購入、廃品回収等、事細かい決まりが書かれています。『大東亜共栄圏めぐり』のすごろくなど子どものおもちゃ、「撃ちてし止まむ」と書かれた陶製マッチ箱、雑誌、本、新聞、グラフ誌『写真週報』、戦車・戦艦などが描かれた債券、二宮尊徳・靖国神社・八紘一宇の塔などが描かれた紙幣…。生活の場にあふれたプロパガンダをピースあいちの所蔵品の中から約100点展示します。

展覧会場の様子1

 

戦争を染めたふろしき
 物を包む布としての風呂敷は、1300年ほど前から使われ、1965(昭和40)年頃までは、どの家庭にもありました。その文様は、無地・縞・吉祥文など、さまざまでした。しかし、戦時中は、戦意高揚の一翼を担う文様が登場するようになります。
 「満州国鳥瞰図」には、大日本帝国旗と満州国旗の下に、満州国の地図。朝鮮半島から満州への鉄道網や石炭、大豆、高粱、製鉄などの産物も表記され、「日本国旗が掲げられている場所は、占拠地」と書かれています。「戦争ごっこ」には、軍隊ラッパ、日の丸、ガスマスク、大砲、戦闘機などを手に遊びに興じる子どもたちの姿が、友禅の技法で鮮やかに染められています。(ふろしき研究会 豊田満夫コレクションより)   

駅弁の掛け紙にみるプロパガンダ
 駅弁(汽車弁)は鉄道旅の楽しみの一つ。掛け紙(ラベル)のデザインも魅力的で、そのコレクターもいるほどです。ところが、1937(昭和12)年以降、「国民精神総動員」をはじめ、さまざまな戦時標語が記載され、デザインも一変します。名古屋駅で売られていた駅弁の掛け紙には、「守る公徳 輝く日本」「行楽旅行で大切な輸送を妨げるな 家庭防空に支障を来すな」と印刷されています。
 また、お弁当の価格は、1938年より全国的に「上等弁当」「弁当」を問わず30銭、「寿司」20銭と統一され、1939年10月には価格統制例により価格が凍結されました。(蛸島直コレクションより)

紙の爆弾・伝単(でんたん)―米軍が投下したプロパガンダ リーフレット
 「伝単」とは「謀略宣伝ビラ」「紙の爆弾」と言われるもので、敵の軍隊や国民の戦意を低下させ、投降をうながすために作られた宣伝ビラのことです。日本軍は「伝単」、米軍は「プロパガンダ リーフレット」と呼んでいました。敵の上空から大量に散布されました。
 太平洋戦争時、米軍が日本の兵士や国民に撒いた「伝単」の種類は現在確認できるだけでも、246種類以上、5000万枚以上にのぼります。名古屋には687万枚が投下されました。



●期間中のイベント●
―いずれも定員30名。電話予約が必要です。(052-602-4222)。詳しくはHPをご覧ください。

7月23日(土)13:30~15:30 「プロパガンダポスターにみる日本の戦争」 
  講師 田島奈都子さん(青梅市立美術館学芸員)

7月30日(土)13:30~15:00  蓄音機で聴く軍歌・戦時歌謡(解説付き)

8月20日(土)13:30~14:30  紙芝居から振り返る戦争のころ