満州開拓の夢破れた戦争孤児の詩集
副館長  竹川 日出男

                                           
 

 1931(昭和6)年の満州事変から1945(昭和20)年の敗戦まで「食糧増産」「満州防衛」のスローガンの下、内地から27万人とも32万にとも言われる人々が満蒙開拓移民として旧満州に送り込まれた。
 敗戦を境に人々は着の身着のままでの引き揚げを余儀なくされ、途中病気や襲撃、自決などによっておよそ8万人が命を落とした。

 
展覧会場の様子1

子どもたち戦争体験を語る橋本さん

 奥三河の八名村(現新城市)から、家族で満州に入植した一家7人の家族はこうした悲劇を代表するような運命をたどった。
 一家7人のうち、当時10歳だった少年・橋本克巳さんだけが生きて帰還した。その橋本さんがピースあいちの語り部の一人となって、「日本は再び戦争ができる国になろうとしている。私は侵略者の子どもだった。この体験を語ることで本当に平和な世の中にしたい」と、積極的に語っていただいている。

 この度、その橋本さんが帰国して15歳の時に書いた70編におよぶ詩作を私のところに送っていただいた。
 そこには、家焼かれて苦悩のご両親とともに故郷に別れを告げ、満州への道を詠んだ詩、そして異国での新一年生の思い出、開墾の苦労の末の収穫の喜びなどが綴られている。
 しかし、父上の徴兵、敗戦、家族を襲う病魔、そして父母と弟妹の死、この時の悲しみを詠んだ詩は思わず涙せざるを得ないものであった。
 そして、喜びなどないたった一人での悲しい帰国。橋本さんは、こうした体験を一つずつの詩として見事に綴られた。
 私は橋本さんのこの詩集をすべて書き写させていただいた。時に読み返して、橋本さんの体験を語り継ぐ機会をつくっていきたいと思っている。

 

 <15歳の折したためた70編におよぶ詩作の中から27編を記載する>
〇 故郷清く 山水に 幸せ姿 写しつつ 貧しきことも知らぬげに 父母に慈愛に
  抱かれて 甘え育った5・6歳
〇 指折り数えし 七つ年 トンボむれなす 盆近し日 草葉も こがる 火の家に 
  他人の背中で 泣いた日の 悲しい運命は あの日から
〇 焼跡しばし たヽづみて 一家で泣いた あの時の 涙のにがさを 想い来て 
  父母のなげきを 考える
〇 秋の野花は 燃え咲くに 努力の花は 咲かぬのか 山鳥さえも 家あるに  
  我が住む家は なんでない
〇 焼かれし跡に 寒椿 咲けど木枯し 尚やまず 心の傷も 癒えぬのに 
  一家を思うて 今日の日も 故郷すてて 異国の果と 思案に呉れる 
  父母の障子に写つる 黒い影
〇 風も冷たし 師走月 星の姿も 見えぬ日が 続く夜空に 白く舞ゆ 
  散りて悲しい 南天実
〇 父の夢は 満州の 宏野の露に もう濡れて 固い心で 幼な子に 悟して呉れた 行く末を
〇 蝉泣く林 鎮守の森よ 柳芽を吹く 小川の河岸も 野花もゆる 城跡も 幼き夢よ さようなら 別れる運命も 解けぬのに 幼な心に あきらめて
〇 海の浪間も 七八日 波も荒らし 玄界灘船は行く 満州路 初めて知りし 浪枕
着いた港は大連の 長い渡橋(はしけ)の千鳥足 異国の街と眺むれば 見るも珍らし
現地人
〇 積雪解けて 黒土見ゆ 五月の声に 草木咲く 異郷の里に 故郷を 想いて友の  夢を見る
〇 母につれられ 校門を くヾれば我も 一年生 新しき友に 迎えられ 喜こびは  訪れたし
〇 父と駈けし 草原を 夕焼け遠く 虫の声 二人で咲そう この土地に 鍬をとって 生きようと 話して呉れた 帰り道
〇 時雨に濡れて 暮れる秋 宏野は實る 黄金波 父の顔も 喜びに 満ちて倖せ  訪れたし
〇 異国の郷に 初めてぞ 新しき年迎たり ペチカ燃やして 暮れる夕 外の寒さも 知らぬげに
〇 白い夜空に おぼろ月 今日も燃えゆく 野火の灯よ 我が家の暮らしも 落着きて  毎日聞こゆ 笑い声 母の手料理 ほめ乍ら 肉鍋つつく 春の宵 次女とこの地に  生まれたり
〇 三年の月日 流れ来て 國の為だと 部落の男 旗にお送られ 去りてゆく 
  父も戦地に 銃をとる 母も負けじと 増産に 暴れ馬の 先に立つ
〇 戦い敗れし その姿 幾度追われた 北の野に 涙水すすり 草を咬む
〇 相呼ぶ願ひ 届いてか 危険な道を ふみこえて 妻子恋しと 父帰り うれし涙に  花が咲く
〇 柳芽をふく チチハルに 一家揃った 七つ顔 喜ぶ事も 束の間の 悲しい月日  なお絶(や)まず
〇 流れ病は いつのまに 弟妹を 次々と 若き生命を 奪い来て ああ  悪の日は
街は濡れて 七月の 忘れもしない 七日夕(なのかゆう)ついに父母 この世から  帰らぬ國に 眠りゆく
〇 死程(しぬほど)泣いても 足らぬのに 泣いてはならぬと 他人は云う 泣くまいと  泣くまいと 顔で笑えど しっとりと 心の中は 濡れゆきる
〇 泣いて枕の 濡れた日は 柳の墓地に 一人来て 語らぬ父母(おや)と 話し合い  生きゆく道を 教えてと
〇 乱るヽ心 説き伏せて 歩む夜空に 七つ星 情の花に ほだされて 霧の朝道  帰りゆく
〇 流れ歩いた この土地に 未練も暮も 無いけれど 父母眠る この墓地を 
北風荒して くれるなと 願えば又も 涙ふる
〇 故国に帰れる 喜こびを みんなが満ちて 笑うのに 自分ばかりは なぜ淋し  笑う事も 忘れたか
〇 夕陽をあびて 燃えゆく丘を 揺られ揺られて 十五日 敗れて去りゆく 今の身に  無情の雨が 又濡らす 恵み無かった 北満の 第二の故郷 さようなら
〇 錦の土産 いつの日か 持ちて一家 帰ろうと 誓った夢も 今はなく 
  七つの御霊に 言い聞かす 「故郷だよ  お父さん」 「故郷だよ  お母さん」
  山も川も  ありますと

 <昭和33年元旦に詩作した2編>
     七 ツ 星
〇 筆とりて 今日の日に 想う 生まれ来て 二十余年
〇 喜びも 悲しみも 想いて 綴れば 幼き日 懐かしや

(注)記述は原文通り