知って 学んで 創って―◆peace nine 2018展 アーティストトーク  
運営委員  林 和子



加藤さんと堀田さん加藤さんと堀田さん
 

 ピースあいち夏期休館明けの9月11日から、『peace nine 2018展』が開催されています。名古屋芸術大学で学生などにより2007年5月から毎年開催されてきて、今年で12回目を数えます。ピースあいちでは2012年から巡回展が始まりました。今回もさまざまな視点で「平和」をテーマにした多彩な作品が並びました。今年は働きながら制作したOBなど20人、28作品が展示されました。展示台ケースには、作品を創るにあたって参考にしたという資料や書籍・DVDが置かれています。
 9月15日には、制作者による「アーティストトーク」が行われました。作品解説ではなく、どのように考えたか、どういう背景があってこの制作をしたかなどが語られました。紡ぎ出された真摯な言葉は、どれも胸を打つものでした。




吉岡弘昭さん(美術学部版画コース・アートクリエイターコース 元特別客員教授)
『東方から来た人』『東方から来た犬・D』 ネパール紙に水彩、アクリル絵具

加藤さんと堀田さん

左側・吉岡弘昭さんの作品/右側・伊藤 里佳さんの作品

 

ぼくの作家生活はもう60年近くになる。名古屋空襲をかすかに記憶にとどめており、戦後在日朝鮮人の子どもがいじめられているのを何もできずにいた。それが心にずっと残っている。100歳でなくなった「初年兵哀歌」などで知られる版画家の浜田知明さんは「日本の軍隊は中国で何をしたか、真実がほとんど語られていない」と。戦争は嫌だ、加害者にはなりたくないが、現実を肯定して生きている以上「加害者」なのか。紙屋さんで見つけたネパール紙の持っている土の臭いはたまらなく東方の風も一緒に運んでくれる。西方から来た文化や思想とは異なるもう一つの東方の血と土俗は、ぼくの硬直した脳髄を激しく揺さぶってやまないのである。

伊藤 里佳さん (アートクリエイターコース 非常勤講師)
『HOME』 ペーパー・ドライポイント

子どもが生まれて平和について深く考えるようになった。私の中で絵を描くことと平和について考えることは、そんなに遠いことではない。それは、アメリカで会ったギルバート、エミコ・サワラギさんの「美しいと感じる心と正しいと感じる心は、心の同じところで感じていると思う」という言葉に共感したからだと思う。また、この夏、香川県の猪熊弦一郎美術館で「子どもたちの美術教育などで、美の分かる人をつくることがほんとうの平和を築くことになると信じます」とあったのに共感した。今、美術教育に関与している。美しいものを美しい、正しいものを正しいと判断できるような心を、自分自身も一緒に育てていけたらと思う。各々が「今日はいい日だった」と思える日が多ければ多いほど平和に近づくのではないだろうか、と考える。いろんな立場や環境や考え方があると思うけれど、個人単位で家族単位で、「平和」な心や考え方をつくったり、養っていくことができれば会社、地域、国、世界と広がっていくのでは―。家の中の家族の絵は4歳の息子が描きました。




西村正幸さん (版画コース/アートクリエイターコース 元教授)
『平和をつくる者(知らずにいた記憶) #3』 紙にアクリル絵具、グラファイト、他

加藤さんと堀田さん

左側・吉田 麻美さん『あのこについて』/中・西村正幸さんの作品/右側・長谷川 直美さん『ウタキ 2018』『カムナビ 2018』

 

私の父は空襲を体験している。私には何も話さなかったのに、孫娘に体験を話していたと聞きびっくり。日本で“祖国”なんていうと、何か右に偏った人のように思われたりするが、世界には“祖国”を愛するがゆえに、いのちの危険にさらされて、殺されたり亡命しなければならない若者がいる、シリア、イラク、南スーダン、アフガニスタン等に―――。わたしは最近、亡くなった子どもの生きていた証として彼の故郷の地図を“日記”として捉えてみたり、天使が悲しむほどの辛さの中にいながら、結局は子どもたちが祖国Motherlandを再建していくと想像してみたり、崩れた家の窓から見える向こうの空ってどんなだろうと恐る恐る考えて見たり―そんな絵を描いている。それが、私がして見せることができる精一杯のことなのです。




荒木紀江さん (日本画コース准教授)
『幸せのバランス』 日本画

加藤さんと堀田さん

左側・荒木紀江さんの作品/右側・瀬口 朗さん+瀬古 清水さんの作品

 

今回初めて参加した。平和の原点は何だろうと考えた。愛、相手を受け入れること、共存・・・。フランスで宿り木を見た時、そのバランスがまさに共存と感じた。葉が枯れ落ちた木に緑をつける宿り木。けっして本体の木を傷つけることなく、お互いを受け入れ、分け合いながら、お互いに幸せを与えている。鳥も休む場に・・・。そんな関係を私たちも、小さな集団からでも始めていけたらと思う。

瀬口 朗さん+瀬古 清水さん (大学院同時代表現研究版画 2017年度修了 瀬古清水)
『small peace』 陶芸、エッチング、アクアチント

2010年4月、私は特別支援学校で担任として、朗くんに出会った。彼が高等部3年生17歳の春だった。彼には、重度の知的障がいがあった。ピアノが上手で、気に入った曲は譜面を見ずに耳で聴くだけで、メロディーを弾くことができた。そして争いごとが嫌いで、そばで言い争いをしたり、怒鳴ったりする声を聞くと「うー」っと、言葉にはならないけど大きな声を(やめろと言うように)出していた。優しい性格で、落ち込んでいる人や泣いている人を見つけると、眉間にしわを寄せて「どうしたの?」と言って、寄り添ってくれた。今年6月、彼は25歳の人生を終えた。戦争を反対する気持ちと生活の中の争いを反対する気持ちは、同じ平和を願う気持ちです。朗くんの作ったお皿にいろんな色で刷った羊たちをのせた作品は、世界に住んでいる人たちを表現している。世界中の違った文化や特性、個性を持った人たちは、お皿の中で、優しい彼の気持ちに包まれています。




中村 ふく子さん(洋画コース 2014年度卒業)
『ふるさとの秋』 キャンヴァスに油彩

加藤さんと堀田さん

左側・中村 ふく子さんの作品/中左側・可知井英敬さん『”?” No.2』/中右側・荻野佐和子さんの作品/右側・高橋奈保子さん『月夜に架かる橋』

 

なんでもない日常の大切さと、「祖国、ふるさと」帰る場所を持っている幸福。世界中のだれもが大切なもの。戦争で、壊れてしまわないように祈りを込めて描きました。亡くなった主人が長崎で被爆したということをずっと知らなかった。義母から「大変な想い」を聞いた。平和は誰かが与えてくれるのではない。私達一人ひとりの思い、願いと行動によってつくられる。私に何ができるのか、考えたいのです。

荻野佐和子さん (版画コース 元非常勤講師)
『みしょう 14-L-1』 リトグラフ

いろいろな国を旅して、いつも祈る人の姿が気になっていた。「そんなに懸命に何を祈っているのだろうか?…」と。両手を合わせて祈る姿は、最も謙虚で美しいと思う。宗教や文化が違っても、祈っている時のその人の思いの深さは、共通だと思う。祈る姿は、むしろ戦う姿より強い。父は大学半ばで学徒出陣し、満州に行った。私が小さい頃酔うと軍歌を歌い、面白い話をするのがとても嫌だった。20歳くらいのとき、そこで人を殺していたのだと・・・。結婚して、僧侶の夫が戦争に反対といろんな活動をしているそばで、いろんな情報を耳にすると、もっときちっと父から話を聞いておけばよかったと今思う。




酒井裕里さん (大学院同時代表現研究版画 2017年度修了)
『Dance hall 2018』 紙にアクリル・ガッシュ、透明水彩

加藤さんと堀田さん

左側・河合 昭さん『スーパーブラッドムーンの夜』/中左側・酒井裕里さんの作品/中右側・山本千晴さんの作品/西村 日和さん『元気になりますように』『明けて暮れて』『明日のためのため息』『もたげる、もちあげる。』『風と鉛 1』写真(5点)、被り物のオブジェ(2点)

 

アメリカで起きている黒人差別問題やゲイに対する偏見をテーマに制作した。この作品はルノワール作の名画「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」のパロディー作品です。画面中央の黒人カップルは白人男性と向かい合っている。3人を中心に2つの世界。マイノリティと呼ばれる人たちの世界。彼らは愛する人と一緒にいて幸せそうですが、それは自分たちが生活していける狭い範囲での話。もう一つの世界は、肌の色が白色の人たちを中心にそれぞれ自由に生活している。そんな2つの世界の中心にいる3人を不安そうに見る者もいれば、無関心でいる者もいる。私は4月から社会人になった。仲良くしたい人が離れていったり、仲良くできなさそうな人と一緒にいなければいけなかったりと、人との距離感が分からなくなってしまった。平和に過ごしたいけれど、たくさんの人が生きている世界でそれを手にするのは難しいことなのかもしれない。だけどそれを諦めたくないからこそ人々の暮らしには芸術があって、表現していくことを忘れないでいたいのだと思う。

山本千晴さん(アートクリエイターコース 元実技補助員)
『放置されるバランス』 パネルにアクリル絵具

今年の夏、大きな川で遊びました。そこで石を積んだり、拾ったり、投げてみたり・・・。そこにある石たちは、誰かが遊んでいたのかもしれない。私たちのいる今の場所もこの石たちも、永遠にここにあるものではないのだと思いました。今だけのバランス。保たれているバランスは、今だけの美しさ。流行り廃りのない日々を、見つめる目を、肥やしていきたいだけなのです。




大沢理沙さん(アートクリエイターコース 版画クラス 2017年度卒業)
『祖父の楽譜』 アクリル絵具、水彩色鉛筆

加藤さんと堀田さん

大沢理沙さんの作品

 

生まれた時からの、その体で生き抜いた祖父の、体をしっかり見つめた日。命は生き、いずれ終わりが来ることを言葉ではなく教えてくれるのは、命の種をくれた人だ。祖父の体の中は悪い虫に蝕まれても、生き抜いた輝きがあり、尊く、愛おしかった。決して蝕まれることのできない強さがあった。命の形は分からないけれど、どんな形を命と呼ぶのかも分からないけれど、命を奏でるように、生きてゆきたいと祖父の体を見て思った。







伊藤 みのりさん (アートクリエイターコース コミュニケーションアートクラス 4年)
『鐘を』 石粉粘土、アクリル絵具

加藤さんと堀田さん

伊藤 みのりさんの作品

 

平和とか憲法9条とか考えることはほとんどない。自分から知ろうとしない限りなかなか・・・。でも最近の日本の動き、怖いなーなんて感じることがある。ぼんやり思っているだけで取り返しのつかないことになったら嫌だなーと。平和を祈る鐘、警告を鳴らす鐘、自ら発信していくことと鐘を鳴らすことを重ねて考えました。




加藤さんと堀田さん

光内惟奈さん『埋没』

 
加藤さんと堀田さん

左側・河合里奈さん)『覆い繁る』/右側・平塚麻未さん『代われないところ』