ピースあいち子ども企画展 「戦争の中の子どもたち」より
◆子どもたちが応募した「愛国イロハカルタ」                 
ボランティア 丸山 泰子



加藤さんと堀田さん
 

 現在、ピースあいちでは子ども展を開催中です。主に子ども向けの展示ですが、大人の方にも「見やすい」「わかりやすい」と評判です。パネル展示の他に貴重な実物資料も数多く展示しているなか、私のお薦めの一点「愛国イロハカルタ」を紹介します。

 

 私はトワイライトの出前授業で、「愛国イロハカルタ」を使って低学年の子どもたちに、「戦時下の子どもたちのくらし」について話をしています。子どもたちだけではなく、見に来てくださる名古屋市のトワイライト担当の方にも好評です。

加藤さんと堀田さん
 

 このカルタは1943年、日本少国民文化協会(子どもの文化を統制するための機関)が子どもたちに忠君愛国の心をうえつける目的で制作し、その年の12月に日本玩具統制協会が発行しました。程度は国民学校(当時の小学校)低学年の児童にも十分理解できる平易なものということで、広く一般から募集して作られました。
 この時期は太平洋では米軍の反攻が始まり、国内では戦時体制強化のための策が次々と打ち出されていた頃です。この募集に対して、国民学校の児童を含め26万通の応募があったと言われています。

 ところで私は偶然にも、このカルタの募集に応募した人を知ることができました。その人の名は栗本伸子さん。ピースあいちで開館当初から語り手をしておられる方です。
  5年ほど前からピースあいちでは、戦争体験者の語り継ぎの活動をしていますが、たまたま私が栗本さんの担当になり、栗本さんの子ども時代についていろいろお聞きしたり調べたりしているうちにわかったことでした。

 

 栗本さんは、1933年植民地朝鮮の京城(今のソウル)で生まれ、少女時代を植民地で過ごしました。女学校1年生の時、敗戦(8月15日)を迎え、その年の9月に引き揚げて来られましたが、内地と同じように国民学校で軍国教育を受けて育ちました。今でも「皇国臣民の誓詞」や「教育勅語」を唱えることができるという栗本さんが応募した句は、
 「 ヒビク キミガヨ カガヤク コクイ」(響く君が代 輝く国威)
という自信作。しかし当選した句は、
 「 ヒナダンニ ヒトエダ モモノハナ」(ひな段に一枝 桃の花)
でした。

加藤さんと堀田さん
 

 「絶対当選すると思っていただけに、あの敗北感をよくおぼえています」と語ってくださいました。
 栗本さんのお父さんは京城帝国大学の教授でした。ご両親とも欧米での生活を体験され、自由平等を重んじる家庭だったにもかかわらず、軍国少女のお手本のような句を作らせてしまう教育の怖さを改めて思います。

 

 全部で47句あります。絵札とともにぜひ一度目を通してみてください。戦時下の子どもたちの生活の様子や気持ちが伝わってきます。