今月の「ピースあいち」◆来館者アンケートより           
   



今月の「ピースあいち」は、1日に「知られざる沖縄の真実―ハンセン病患者の沖縄戦」が終了し、18日から始まった「いわさきちひろ展」の準備に追われました。アンケートを通じてたくさんの出会いをいただいています。この夏はどんな出会いがあるのでしょう。楽しみです。

■アンケートより

ちょっと遠くて、なかなか行けなかったのですが、今日初めて訪ねてとても感動しました。すべてボランティアの方々で支えられている運営の様子を拝見し、改めて尊敬と感謝の意を強くしました。1億円と土地の無償供与をなさった方のお名前と顕彰のコーナーが無いことに奇異の念を抱きました。遠慮なさったのでしょうか?建物のデザイン、内装、展示の仕方などすみずみまで気配りがなされていて、とても気に入りました。(68歳男)

「ハンセン病患者の沖縄戦」、貴重な資料も展示され、いい企画でした。以前、NHKで「小笠原登医師」の活躍に感じ入りました。身内が戦中の無らい運動で、施設に収容されました。20代で親族、故郷と切り離された叔父の無念を思うと今でもいたたまれない気持ちです。我が身を守るために人を差し出す、己の安全を確保するため人を差別する。今の私たちは大丈夫だろうか。一人ひとりの中にある差別の目は、意外とやっかいだと常に自身に問い直さなければならないと思います。(女)

私は以前から戦争というものに興味がありましたが、学校の教科書では、「こういうことがあった」「何人が亡くなった」という事実だけであり、具体的にどういうものなのかはっきりわかりませんでした。5月には修学旅行で広島に行きました。今回、ここを訪れたことによって“戦争”についての理解が深まりました。(14歳女)

たくさん興味深い資料があり、すごく勉強になりました。短い時間しか滞在できなかったため、まだまだたくさんの資料を見ることができていないので、また訪れたいと強く思いました。これからも「ピースあいち」を続けていただけるとありがたいです。(18歳女)

どれだけ死亡者が出て、すごい戦争だとわかった。こんなに詳しく話を聞いたのは初めてで、おばあちゃんとおじいちゃんは70代だから、少し戦争の時期だったから、どれだけ苦しい思いをしたか分かった。これからもおばあちゃん、おじいちゃんをささえていきたいと思っています。(13歳女)

4月に中日新聞の記事を読み、来てみたいと思っていました。就職を機に大阪から引っ越してきました。市や県の支援なしでボランティアの人たちで運営されているのはほんとにすごい。絶対続いて行ってほしいと思います。3階のハンセン病患者の人たちがどのように暮らしていたのか…。全く知らず恥ずかしくなりました。黒川温泉宿泊拒否事件の事も初めて知りました。「障害者はもっと謙虚にしろ」という差別。今も日本に根強いと思ってしまいました。(26歳女)

真宗大谷派名古屋別院の人生講座の法座で、小笠原医師がハンセン病患者に対する治療に取り組まれたお話を聞いておりました。戦争中だったこともあり、大変な取り組みだったことでしょう。ハンセン病患者さんが差別を受ける中、多くの患者さまを園周寺へ招くなど取り組まれたご苦労がうかがえます。小笠原医師の日記が見れてよかったです。(39歳女)

自分のひいばあさんも戦争でだんなをとられ、亡くしていますが、今でも元気に家の近くの畑で草むしりなどしています。戦争当時の話を聞いてみようかなと思いました。沖縄の新聞も気になって読みふけってしまいました。もう少しじっくり読みたかったです。(48歳男)

今までにも何回か参加させていただき見させていただきましたが、いつ見ても心が痛みとても考えさせられます。今回はじめてハンセン病についての展示をじっくりみせていただいて、やっとハンセン病のことがしっかりわかりました。人ってここまで差別するんだなくらい差別をしていて正直腹が立ちました。この当時の人は、ハンセン病にかかった人を人としてみていないというところがまず日本が敗戦した理由でもあるのかなと思いました。(17歳男)

2回目に来てみて、さらに学びが深まりました。また来たいなと感じました。(16歳女)

戦争によって被害を受けた方の写真などがたくさん掲示されていて、戦争の被害の大きさやひどさを改めて感じることができました。(19歳女)

沖縄慰霊の日に“愛楽園の沖縄戦”を見ることができたこと、これもご縁と思っています。障害をもっていた方々は、平時においても、いわんや戦時という状況(異常)時には、まっ先に犠牲になることを改めて思いました。世界的に自国至上主義が、国内では安倍政権の極右的な政治が-共謀罪、安保法制、原発再稼働、そして辺野古新基地-いつでも戦争に突入できる国づくりになっている今、声をあげなくては、と思います。明日の講演に来られず、きょう東京から見学にきました。(55歳男)

ハンセン病に対する根強い差別・偏見を学びました。愛知県がハンセン病発症が多い県という状況も驚きでした。(70歳男)

平和について幅広く情報発信、共有するための工夫などしていただき、ありがとうございます。平和をつくる者としての地道な働きを共に地域でやっていきましょう。世界とのつながり、体験者とのつながり、未来の子どもたちへの連帯を含め、希望を失うことなくやっていきましょう。(59歳女)

「小さな館内」という表示でしたが、その小さな館内をフルに使って、とてもきれいに展示(常設展・特設とも)がなされていて感心しました。通常なら国立・公立の施設が多い中、民間で運営されていることにも敬服します。(69歳女)

ボランティアの方々が設立されたこと、ボランティアの方々が運営されていること、本当にご苦労様です。私は戦後の食糧難に苦しみました。名古屋市千種区に住んでいて、食べる物がほとんどなく、雑草が少しだけ浮かんだ味のない(米粒もあるかないか)雑炊生活でした。ひもじくてひもじくて、今もしかしたら「低血糖発症」が頻繁に起きるのも、育ち盛り(4年生)に飢餓状態であったからでは?と思うこの頃です。あんなむごい戦争は絶対起こしてはならない!(81歳女)

今日本各地の平和資料館は、国の流れの中で歴史の真実が隠れつつあります。私は2年前、大阪から名古屋にきましたが、“ピースおおさか”も特に“侵略”部分が削られていきました。「ピースあいち」が平和を願う人々の力で維持されていることに敬意を表するとともに、私たちもがんばりたいと思います。(64歳男)

沖縄のハンセン病者の二重三重の差別には、とてもショックを受けました。ハンセン病については今なお不当な偏見があることを知り、国・自治体のメディアを通しての努力がまだまだ足りないと思います。難しいことですが、戦争の被害の事実と共に、侵略を受けたアジアの国々の人の実態も同時に展示できれば、戦争の正しい姿が示されるのではないでしょうか。(74歳男)

戦争中の沖縄に、ハンセン病を患っていた人がいたことを初めて知りました。沖縄戦だけでなく、過去に起きた戦争・紛争をより多く知って、次の世代に語りつぎたいと思います。(23歳男)

ハンセン病の展示ということで初めて来館。半世紀前朝日新聞に載った北条民雄の肖像画発見のニュースはまだ覚えています。プロミンが発見されたのに、隔離されていたことに強い怒りを覚えます。(女)

平和ボケの現在、久しぶりに戦争体験のお話を聞くことができ、また、多々の展示物を見ることができ考えを新たにしました。何とか次世代につなげていきたいと感じました。(77歳女)

沖縄愛楽園ハンセン病と戦争のかかわりを中心に見せていただきました。沖縄に行かずして見せていただけたこと、ありがたく思います。戦争・暴力について、被害・加害の両面から率直に見せてくださり、ありがとうございます。また、市民の力による運営に感謝し、エールを送ります。(57歳女)